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特別なことをやめると自然になります。
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プロフィール

差取り塾

Author:差取り塾
社会の中で地に足をつけて活きるという事を突き詰めると、思考を超えた合理性を帯びるようになります。

このブログは未来の進化した人類の生き方が書いてあります。

未来は未来にならないと現れるのではありません。

時間も空間も幻想にすぎない事は多くの方が知っている事ではないでしょうか。


未来の社会の形も既にあります。

未来における進化した人類もすでに起こっています。


未来において、意識が進化すればするほど葛藤とは無縁になっていますし、ストレスもそれに伴ってない状態で生きています。

コミュニテーはコミュニケーションをする前からやるべきことが意識で共有されていますから、議論も起こりません。

・・・・・・・

さて、その様になるには時間が必要でしょうか。

未来の人類の形が既に並行してあるならそれになればよいと思いますしそれは可能です。

そうなるには個人差がありますが、必ずなれます。

なぜなら未来の人類の形だからです。

必ずそうなっていくのですからそうならないはずはありません。

しかし、過去のスタンダードで生きている人にとってはとても難しく感じるかもしれません。

過去のスタンダードは変化を嫌います。


ティール組織というのは未来における組織のスタンダードです。

しかし、人間の意識が現代のスタンダードである事が未来のスタンダードの実現を不可能なくらい難しくさせます。

意識のスタンダードが未来のスタンダードと重なった時、自然に構成されるのがティール組織です。

それを理解できないかぎりティール組織は出来ることはないでしょう。

逆に言うと人類の意識が未来のスタンダードに移行した時はいとも簡単に実現されているのです。


未来の意識

それはこの地球から見た時のお話です。

地球人類の意識の進化はこの宇宙において起こらない可能性もあります。

しかし、並行した宇宙ではすでにあるのです。

質問や書いてほしい内容があればコメント欄に書き込んでください。
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2019/12/20 16:45 このブログを読むにあたって TB(0) コメント(-)
人の器は生まれ持ったもののように語られます。

それはある見方では正しいといえます。

意識の成熟が進んでいれば進んでいるほど器は大きいとも言えます。

生まれた時からそういった差がある事は、人間の観点からでは不公平に感じるかもしれませんが、今回はその事は割愛します。

割愛しますが、生まれた時から個性があってそれは先天的なもののように感じませんか。


さて、器が広いと考えられる人々のエピソードは沢山あります。

その様なエピソードを聞いて感心・感嘆しているなら、少なくともその人物より器が小さいと認めているようなものですし、実際そうだという事を示しています。

これは私の個人的な考えですが、器はもって生まれたものであると思いますし、経験でどうにかなるものではないと思います。

思いますというか、そうなのです(私の考えでは)

しかし、その人がどうして大きな器になったのか?

それを知るなら、誰にでも器を広げることができます。

意識の拡大と器の拡大はほぼ同じです。

しかし、意識の拡大も経験が直接作用するものではありません。

意識の拡大は思考の外にあります。

思考の外を囲むように器があるようなイメージです。

IQは関係ありません。

器は大まかにざっくり・・・・

個人的な小さな器

集団を包み込む器

国を包み込む器

地球を包み込む器

・・・・・

こんな風に考えていただいてよいと思います。

最も身近な小さな器

個人的な器である場合、自分の事しかわかりませんし、受け入れることはできません。

ですから、他者に対してどの様な事をしても、意識が及びませんし、親切を受けてもその時かぎりです。

様は他者の思いを汲むことができないという事です。


ここまで書くと次に続いていく器の事も想像できるのではないでしょうか。



話は逸れましたが、器を広げることは、意識を広げる事と先ほども書きました。

様々な経験が意識を広げる場合があります。

一生に何度もないような経験がそれを促します。

その時にわずかに意識の拡大が起きますが、全く変わらないで終わる人が殆どです。

どんなに悲しいことがあったとしても、人間はのど元過ぎれば忘れます。

そして同じ生活に戻っていきます。

私はそんな事を沢山見てきたように思います。

残念ながら人間はその様な生き方をしている人が殆どなのです。

最愛の家族を悲しい形で失ったとしても、変わらずまた人を苦しめている、そんな人も珍しくありません。


私は意識を広げる方法を師匠から学びました。

そして、この数年でそれをさらに検証し実践してきた結果、今ではかなりのスピードで変化をさせることができるようになりました。

それは実際にお伝えしている人たちが証明しています。

そのやり方は思考を超えることで実現されるので、ここにネタは書けません。

なぜ書けないかというと、思考で準備をされると一つの道が閉ざされるからです。

ですから、テキストなどはもっての他です。

一人ひとりの思考を超えるその時の言葉やロジックを使います。

それは緻密に計算されたものでなければなりませんし、前もって知っていては意味をなさない事でもあります。


その様に進みますから、一回のお話で意識が広がります。

結果重視です。

一回一回意識の拡大を起こしていきます。

人によってはわずかかもしれませんし、大きく広がる事も珍しくありません。

それをどのようjに評価するかというと、実際に広がった人はわかります。

数字などで表す手段はないのですが、本人にはわかります。

そこで器が追い付かない人はすぐに忘れます。

そして、変わらないと後で言います。(その時は変化に目を丸くしていたとしても)

後で全く違う記憶をお話されるので、メモを取ってもらうこともある位です。

そういったことを通しても、汲み取る事ができる器に拡大するまでは狭い世界で生きることを余儀なくされます。


基本毎回意識の拡大を起こします。

本人が気づかないように・・・・

広がった時、スッとわかります。

それを何度も繰り返します。

早い人で1月もすれば一定に境地に至ります。

至る人の平均の期間は半年以内です。

自分からやらない人は残念ながらいつまでたってもそこには至りません。

そこまで来るとかなりの事が受け入れられるようになっています。

物事に影響されない目を持つようになると、ハッキリと物事が見えることになり、判断も明確になり迷いが随分遠ざかります。

仕事においてもその目は活きます。

合理的な決断と、筋が通った行動ができるようになります。

それだけではありませんが、それはメリットであり、現世利益のようなものです。

これは人類にとって必須のお話ですがあまり声を大きくして言えることではありません。

このブログを読んだ方々の頭の片隅にでも置いておいてください。

これをやらずして、完結はないのですから。

これも私の考えです。

しかし、あなたの片隅には残しておいてほしい考えなのです。
2019/03/21 01:20 差取り TB(0) コメント(-)
セッションをしていて多く見られる傾向ですが、本人に明らかに表れていてもそれに気づかないことが沢山あります。

それと向き合えない・向き合わない事は自分を守る手段でもあります。

受け入れられないものは受け入れられません。

その事実を無視して、受け入れようと努力する事はあまり合理的な行為ではありません。

トライして無理なら、現実的なトライではありません。

もっと違ったアプローチがあるかもしれませんし、今は時期尚早なのかもしれません。

それを見極めてタイミングをはかる事も重要です。

物事のやり方は、最初から示されていて、時期や順番は人によって違いますが、それが考慮されていません。

ですから、書かれている事が間違えていないとしても、場合によっては毒にもなることがあります。

知りたくない時は知りたくないという事を認めてみてください。

そして、できる事をしながら向き合う準備を整えればよいと思います。

整った時、あれほど向き合えなかったことと対峙することができるようになっています。


そんな風に差取り塾では進めています。
2019/03/19 23:46 差取り TB(0) コメント(-)
これを読んでいる人で全く葛藤がない人がいるでしょうか。

苦しみがない人がいるでしょうか。

そういった事と向き合った時、それを何とかしないで生きている事に気持ち悪さを感じる人はいないでしょうか。

私はとても気持ち悪いし、居心地の悪さを感じます。

自分の置かれている状況を無視して、(そういった葛藤や苦しみ)なにかに追われるように生きることや、夢や希望に置き換えてそれに蓋をする事がどれ程私にとって気持ち悪いかは正確に伝えることはかないません。

それが分かるなら、その様な生き方ができないと思うのですが、実際その様に生きている人が大多数です。

気持ち悪さを感じながらそれを知ってみようとした時に、知った事は肉体をもった人間として、その社会の常識にとらわれていたという事です。

社会は常識を多数決や法で決めます。

それは人間が作ったものですが、神様のように扱われます。

私から見るとそれは大きな宗教団体と一緒です。


そこからはみ出ると、制裁を受けます。

法で裁かれるのは、ルールです。

同時に法の奴隷たちが、ルールを破った者を攻撃し始めます。

まるで自分たちが正義であるかのように。



弱い者たちは、力を求めます。

数に力を求めたり、善であることで力を得ようとします。

力がありそうな人にしっぽを振ってみたり、近づいてみたり。

・・・・

そんな事にうんざりしながらもそれを続けざるを得ない世の中が今まだあります。

力を失った人間は薬物に力を求めることもあります。

その人を責める社会は、薬物依存をつくりだす社会でもあります。

善人の振りをして生きている人たちがその社会を形成しています。

薬物へのニーズが消えたら、薬物は消えます。

それには高いハードルがあるように思います。

悪い物であっても自分の都合に合わなければ認めてしまう社会だからです。


それらをすべてひっくり返すなら、人間の意識の進化が必要なのです。

進化してみたら、この世自体すべて依存性をもった薬物のようなものなのだと知るでしょう。
2019/03/19 14:45 差取り TB(0) コメント(-)
以前脚本を書いている人が言っていたことですが、

「自覚はライバルに教えたくない」

とおっしゃっていたのを思い出します。

至った時、その様に感じたようです。

それだけで本人に何が起こったか感じることはできるかもしれません。

達観した観点は物事の捉え方を変え、すべてを知るという事がどのような事かを理解します。

知った者はまた口を閉ざします。

そして、人の目から離れて静かに消えていくかもしれません。

2019/03/18 19:19 差取り TB(0) コメント(-)
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