特別なことをやめると自然になります。
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プロフィール

差取り塾

Author:差取り塾
悟りの目線から明人が色々伝えさせて頂きます。
自由について、愛について書いています。

アーティスト K.M.さん:

おめでとうございます!

私は、差取り塾に 出会えて本当にラッキーだった

と思っています。

だから、これを読んでいるあなたも「ラッキーだなあ」

と思うのです。



私は、ニューヨークに住んでいるアーティストです。

日本から20年前に移り住みました。

絵を描いたり、日本語を教えたりして、

暮らしています。



アメリカの禅のコミュニティに参加して、

座禅をしたりもしています。

人生の苦しみからの解放を求めて、

20年前から、瞑想や精神世界の勉強を始めました。

ありとあらゆる本や瞑想、教え、

ワークショップをあさって、

本当の幸せ、本当の自由を求めて、探してきました。

差取り塾に入る前の私は、瞑想や教えにより、

前に比べると、

少し、楽になっている感じはありましたが、

感情を揺さぶられるような出来事があると、

また、絶望感、孤独感、悲壮感に浸っていました。



「本当の幸せ、自由、悟り、解脱は

頭では、理解できるけれど、それを私が実際に経験して、

到達できるかどうかはわからない、

でも、もうこれ以上は探しても無駄なのだ。」

とあきらめていたところに、

友達の紹介で、明人さんと「差取り塾」とに出会いました。



一番最初に、明人さんの Youtube の動画を見て、

何か深く感じるものがありました。



そして、明人さんと個人セッションで3回お話して、

明人さんの言葉から「はっ」と気づくことが、

何回かありました。

そして、もっと、明人さんから学びたいと思い、

入塾することにしました。



今、差取り塾で、明人さんと仲間たちと

心の勉強をして1年半になりますが、

私は 一歩一歩、心の成長のために

進むことができるようになってきたように感じています。



私を知ることで、私が変わり、成長して、

大きくなっていくなんて、

魔法のようですが、

今では、それが、

釈迦やイエスや道元禅師やラマナや他の賢人たちが

伝えようとしていた

「汝を知れ」、「己を知る」、「私が誰か」、

「私が道である」ことだと感じています。



明人さんに、アドバイスをしてもらい、

仲間とディスカッションを続けながら、

心の勉強をすることは、

今の私にとって、かけがえのないものです。



差取り塾で学んだおかげで、心が穏やかになり、

冷静に物事を見ることができ、

自然と仕事で成果が出たり、

人間関係がうまくいったり、

仕事や家庭の問題が解決したりしています。



私の友達は、私が変わっていき、軽くなっていくのを見て、

私が何をしているのか興味を持つようになりました。



そして、今はそのお友達も差取り塾で、

一緒に勉強しています。



毎日の勉強とディスカッションで仲間たちから学ぶことで、

私が、変わっていって、

どんどん生きるのが楽になっています。

私を知ることがこんなに楽しく面白いものだなんて

考えてもいませんでした。



差取り塾の心の学びは、誰にでもできるのですが、

頭で理解するものでは、ありません。



ハウツーではないし、何々法でもありません。

差取り塾は宗教ではないし、グルもいません。

だから、依存をつくりません。



ひとりひとりが、自分の足で、

立って歩んでいくことを学ぶところです。



でも、自転車の乗り方や、泳ぎを習うように、

実際にやってみないことには、始まりません。



もし、貴方が、素直な気持ちで、学ぶ姿勢があれば、

明人さんも差取り塾の仲間も一生懸命手取り足取り、

手伝ってくれるでしょう。



そして、きっと、差取り塾は、

あなたのためになるでしょう。



20年間の探索の経験から言うのですが、

私は、このような場所は、

「他にはない」と思っています。



もし、少しでも興味があれば、

ぜひ、Youtubeの画像、

『悟りへの道 明神さん スピリチュアルTV 2013/12/25』を

見てみてください。



あなたにいつか差取り塾のディスカッションで

出会えることを心から楽しみにしています。
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2017/04/14 12:27 悟り TB(0) コメント(-)
例えば・・・・



地上から空を見上げた時、雲が空を覆っていれば空は見えないだろう。

心を静かにしてみた時、思考の雲は徐々に薄くなり空が見えるようになる。

そして澄み渡った物がだんだん見えるようになる。

一瞬の雲の切れ目から起きた体験は切れ目の消失とともに記憶へと変わる・・・

空を覆う雲が消失したとき、何が待っているだろうか。



消失で起こることは地上から見るそれに起こる。

それは起こるそれに名前を付ける。

名前を付けたときからそれは思考の世界から抜けだし、雲の彼方に消える。

雲


地上で見たそれはの中には僅かに気付く者がいる

それは空に起こったのではなく、地上で見ている私に起こったのだと。


多くの者が雲の向こうに見たモノに気をとられている中、ほんの僅かな者がそこから孤独な旅に出て行く。


2017/04/06 12:00 悟り TB(0) コメント(-)
お伝えしていてたまに全く知らない人の意見を聞く機会があります。

そこで感じることは、文章や言葉の分析や判断に囚われて伝えたいことがほぼ伝わっていないということです。

伝わっていないどころか表面的な解釈により違った理解(誤解)を生んでいる事です。

最近人づてに聞いた話ですが、このブログを読んだ覚醒体験をした人がこのブログの解釈を行っているのですが独り相撲をしているようだと聞きました。

差取り塾では、導くことはできても連れて行くことはできません。その人の足で歩むと決めない限り道のりを進めないのです。

別の例えをするのなら進む道を指さすことはできても引っ張って連れて行くことは出来ないということです。

「のどの渇いていない牛に水を飲ませることはできない」というお話は多くの方が知っている事実です。

牛

そして、指している指をみてその事を解釈し、分析し思いをめぐらせ、批判や共感をしても指している指を観ているだけでしかありません。

のどの渇いていない牛は導かれて水辺に行くことはありません。のどが渇いていないので余裕なのです。

指先をみて解釈をしている暇も十分にあります。

私が指を指している先を見て、そちらに行ってみなければ何を言っているのは分かる機会は無いでしょう。

のどが渇いたときはじめて指を指す方向に歩いてみようとするかもしれません。

それが人間の苦しむ理由の一つでもあります。

指はどうでもいいのです。指した先を見ることをできるのが人です。

2017/02/23 18:18 悟り TB(0) コメント(-)
スポーツでも芸術でもプロとアマという線引きはあります。

それぞれの中身も色々です。

プロになれないアマもいれば、アマが抜けないプロもいるでしょう。

悟りにおいても一緒です。

しかし、困ったことに言った者勝ち。それっぽくしていればそれっぽく見えてそれっぽい人を好む人はそれっぽい人に集まり、それっぽく学びます。


その時にうっすらと支配している思考は「それっぽければよい」という安心感です。

それが大方アマチュアの思考です。

ですからアマチュアのままで終わります。

悟りにおいてアマチュアとは、悟りを開かない。もしくは開いたところで終わり。

くらいのところでしょうか。

今回のお話ししている部分については8割位の人が当てはまるところだと思います。

ですから後の2割については別の機会に・・・

そこで8割の人を本当の悟りに導く道を案内する事はあまり意味がありません。

分かっていると気分を悪くされるのがオチです。

本物の道を選ぶことができないのが8割

ですが悲しむことではありません。

道を選べないのではなく、選ぶ段階ではなくそこに続く道を歩んでいる(選んでいる)とも言えるわけです。

どんな道を歩もうが悟ったと勘違いしていようが悟ってその後道を外れていようがそれをとがめる必要などありません。

そういった段階ですし、悟りの勉強をしていても一生懸命やらない人が殆どでやっている気になっている人であふれています。


悟らなくてもよい

という話は

そんな中から生まれます。

なにをしてよいか明確に分からなければその隙間を埋めなければなりません。

隙間を埋める為にスピリチュアルや心理学、悟っているかもしれない人の話を聞いたり批評したり・・・


だいたいその辺に落ち着いていきます。

それってプロ野球中継を見ながら選手を批評するおじさんと一緒ではないでしょうか?

ゴルフの中継でも一緒です。


アマがプロの批評をするのが冷静に見れば面白いことなのですが・・・

アマはアマに教わりその気になります。

志高いアマはプロに教わるという選択をするかもしれません。

アマはアマの考え方から脱却できないのです。

できないというお話もまた一つの見方。

脱却するゲームを楽しんでいるのかもしれませんし、その部分を磨いているともとれますし、磨く必要があるとも言えます。

気がついた人から違和感と共にそこから離れていきます。
2017/02/09 21:09 悟り TB(0) コメント(-)
皆さんは地獄というとどのようなイメージを持つでしょうか?

イメージしてみてください・・・・

いずれそのイメージが出てきたらラッキーです。

地獄と分かればそこに居続けることはしませんから^^

今いるところが地獄なら、そこから抜けようとすることは誰でも考えると思います。好んでそこにいようとする人はまずいませんね。

じ‐ごく〔ヂ‐〕【地獄】 の意味
出典:デジタル大辞泉
《(梵)naraka(那落迦)、niraya(泥黎)の訳。地下の牢獄 (ろうごく) の意》
1 仏語。六道の一。この世で悪いことをした者が死後に行って苦しみを受けるという所。閻魔 (えんま) 大王が生前の罪業を裁き、獄卒の鬼が刑罰を加えるという。八熱地獄・八寒地獄などがある。地獄道。奈落 (ならく) 。⇔極楽。
2 キリスト教で、神の教えに背いた者、罪を犯して悔い改めない魂が陥って永遠の苦を受け、救われないという世界。⇔天国。
3 イスラム教で、この世の終末に復活して受ける審判によって、不信仰者や不正を行った者が永劫の罰を受ける所。罪人であっても信仰者はやがて天国に入れられる。ジャハンナム。
4 非常な苦しみをもたらす状態・境遇のたとえ。「試験地獄」
5 火山の、絶えず噴煙が噴き出している所。また、温泉地で絶えず煙や湯気が立ち、熱湯の噴き出ている所。「温泉場の地獄巡り」
6 劇場の舞台の床下。奈落 (ならく) 。
7 下等の売春婦。私娼 (ししょう) 。

引用元 goo辞書 http://dictionary.goo.ne.jp/jn/95733/meaning/m0u/

jigoku.jpg


多くの方はこの中に当てはまるイメージを持っているのではないでしょうか。

規定した時、その規定から外れるものにはノーマークになってしまうのが人間の心理です。

ですから、そこが地獄であってもあなたの地獄の規定から外れているのなら地獄とは認識できません。


地獄とは苦痛を伴うものだという規定があるのならそれ以外の地獄を見逃します。

しかし、それ以外の地獄を知る術もありませんでした。

賢人達は手を変え品を変え、地獄から抜け出す方法を伝えてきましたが、伝え聞いた人は自分自身が地獄にいるという感覚がないために真剣に話を聞く人はごく僅かです。

僅かな人とは、1.地獄とは何かどこか分かっている人たちです。2.目先の苦しいことを嘆く人もその中に含まれます。

1の人たちは話を聞き理解し、自分を磨き続けます。

2の人たちは、話を理解できないまま色々な形で離れていきます。


ここまで書きましたが、あなた自身が地獄にいるということがうっすらとでも分からない限り、地獄から抜けようとしないというお話。

「家族とも仲が良くて、お金にも困っていないから私は地獄にはいない」というお話も聞こえてきそうですが、だからといって地獄の住人ではないとは限らないのです。

ここで本当の地獄の定義をお伝えします。それは・・・


自分の意思で抜け出せない繰り返し


それがすべて地獄です。

幼稚園は先生も優しくて、楽しいところ(全員には当てはまりませんが)だとしても、一生その幼稚園に通わなければいけないとしたら、それは天国でしょうか・・・・・

お酒が大好きで、ずっと何も気にせずにお酒を飲み続ける事は?

優しい先生がいて、何でも悩みを聞いてくれ、居続けたいと思うコミュニティー

今のままで良いし、変わらなくて良いといってくれる人たちのコミュニティーもしくはそこの住人・先生

お金に全く困らなく、何もしなくても心地良く居続けられるところ

映画マトリックスのように眠らされ永遠と夢を見続けているとしたら?


・・・・・・

先ほどの定義から外れるならそれは地獄ではありませんし、当てはまるなら地獄です。

皆さんはいかがですか?

知らないうちに地獄の住人であることに気付きますか?


悟ってみて分かることは、人類は殆どすべての人が地獄の住人であるということです。

幸せそうな顔をしていても、いるところは地獄なのです。

それを伝えるためにはどうしたものかと考えていましたが、それを今日お伝えしてみました。

快楽地獄という地獄も認識に入れてみてください。

地獄にいるかいないかは自分次第です。すべて自分自身の心持ち次第だということが分かった時、地獄から自由になることができ、天国の住人になっていることでしょう。

天国からみるなら明らかに地獄が分かります。

天国ではないところが地獄だからです。

地獄から抜けた天国の住人は天国ではないところが地獄だと分かります。

天国から抜けたことのない天国の住人は天国ではないところが地獄だとは分かりません。

新しい魂は後者に属しますから、赤ちゃんは地獄にやってきたことを理解するまで時間がかかります。

赤ちゃんがやってくるところを、地獄にすることも天国にすることを大人の仕事です。

私たち大人はどうすべきか答えはハッキリしていると思います。



差取り塾では随時体験セッション(2回無料)を行っています。
差取り塾でどのような事を学んでいるのか、どのような人たちがいるのか?
楽で自由になっていこうとする過程、そうなった人たちの声。

今、どう生きているのか?地獄の住人なのか?天国の住人なのか?
天国の住人で居続ける心持ちとはなんなのか?

体験セッションでお待ちしています。
2017/01/13 18:31 悟り TB(0) コメント(-)
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