そのまま「観る」という科学
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プロフィール

差取り塾

Author:差取り塾
社会の中で地に足をつけて活きるという事を突き詰めると、思考を超えた合理性を帯びるようになります。

何度かお伝えしている事ですが、私は表現において得意ではありません。

何かをうまく話すという事もとても苦手です。

そういった認識がありながら、あまりそれについて努力していないようにも思います。


気軽にとらえてくださればよいのですが、私がとても強く祈っている事があります。

それは

私がいい加減なことを伝えるなら、殺してほしい



それこそ、八百万の神にお願いしているわけです。


差取り塾に来られる方は、自分が好きなように進まれると良いと思います。

一生懸命を強要することはそれこそ私が殺されます(笑)

面白く進んでいく事。

これも大切な事です。

面白いといっても、楽しいとは違います。

皆さん沢山笑いますが、おかしいから笑うのではなく、面白いから笑います。

面白いという事を面白くしていくなら、笑いという一つの行為も笑いで括ってはいけない事も理解することになります。


私は他の人をディスることはありませんが、違うものは違うという事はよくあります。

しかし、このブログにはなるべく書かないようにしています。


違うものを違うという事と悪口の区別がつかない方が読むなら、誤解を招きます。


悟りにおいて、メディアやネットで目に付く方がのお話は間違えだらけです。

ですから、それについて書き始めたらきりがありません。


違う見方をするなら、まだその段階に至っていないという事でもあります。

差取り塾で伝えている事はおそらく一つ、もしくは二つ次元が上がった時に皆さんに受け入れられていくような事のように思います。

それを今からやろうとする人は、それなりの人です。

スピリチュアルで言われている事は起こっている事は起こっています。

しかし、向き合い方に問題があるのです。

また、現象を気にしているといつの間にか向き合い方が悪い方向に行ってしまいます。


そういったことから、差取り塾で自覚をしている方々は最初自覚だけするようにお勧めしています。

深さが増してきた時、現象を上手に扱えるようになります。

ですから、能力が高い方が自覚をするなら、さらに高みに到達する事にもなります。


どんなことでも同じことですが、初心者の時から二つの事を同時にやることは良い結果に繋がりにくいことは多くの人に当てはまることではないでしょうか。

最初にも書いたように私は表現が上手ではありません。

キャッチーな事も私が死ぬので言いません。

そんな風にしていますが、その辺の適当な人に殺されることも悪くないと思っています。

その時はその時です。

その方が面白くないですか?

というよりもどんな人にも真正面から本気で向き合います。

それが面白い・・・・というより、そのようにしないと私が死んでいるからです。


その結果理解が浅い人にはほぼ嫌われます。

これはこれで良い事でもあ悪いことでもありません。

変えることはいつでもできます。

長々書いてきましたが、お伝えしている事が広く受け入れられる世の中は今ではりません。

しかし、必ず必要になります。

これから伝えようとしている事をどう伝えようかいつも思案します。

・・・

・・・

次の世界につながる穴をぶち開けました。

これの判断は皆さんに委ねます。


スピーカーであるプロの皆さん。このことを伝えてみませんか。

差取り塾では守秘義務を大切にしていますから、プライベートなレッスンも誰にも知られずに行えます。
2019/09/06 14:41 明人の独り言 TB(0) コメント(0)
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2019/02/18 09:22 明人の独り言 TB(-) コメント(-)
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2019/02/13 04:05 明人の独り言 TB(-) コメント(-)
差取り塾を維持していくことは意外に大変です。

最近は出稼ぎに出ているのですが、その流れで、出稼ぎにいきっぱなしになりそうです。(頼られるのも考えものです)

そんな中で、感じることは人の観点の浅はかさ・・・・

地獄の住人でいることを自分から進んで選んでいるということです。

大勢の人たちと仕事をしていると感謝より不平不満が先にあり、仕事に向き合うことなく、サボることを正当化することに囚われています。

正直話は通じません。

ケースは違えど、職場でそのように感じている人は多いのではないでしょうか。


しかし、そこでどう在るかは、人それぞれ。

そういった事を見ないようにして生きる人もいれば、苦しむ人もいるでしょう。

すでにこの世は地獄の側面を持ち、地獄などいかなくてももう地獄にいるようなものです。

これから死んで地獄に行く心配などいりません(笑)


みなさん地獄の中に天国を探します。

そして、一時的な安堵を得ているように思います。


地獄の中でちょっとアドバンテージを得てどうするのでしょうか。

以前、アドバンテージについて書きましたが、それは求めるものではなく、結果としてあるものでした。


他者を巻き込んで深みに引きずり込む人がいます。

しかし、引きずり込まれる人もまた同じ因子を持っています。

どちらが悪いとも言えません。

私からするとそれはとても勉強になります。

ですから、私に関わることであっても放っておきます。

そして、観ています。

今までの関係が崩れ遠くなります。

それも、観ています。

そして思うのです。

これも自然な流れだと。

ですから、誤解であろうと弁解もありません。

一人ひとりの意識の結びつきは自然な形で起こっていきます。

そして落ち着くところに落ち着いていきます。

正直私を理解してくれる人はいません。

私の師匠も同じようなことを言っていたように思いますが、今は師匠のことを理解できるように思います。

想えば、師匠だけは私のことを理解してくれていました。

独りで突き進むことは容易いことではありません。

人間として在るうちは誰かが理解してくれることはとても力になります。


私はなぜ人が怒るのか今ではわかりません。

そのような感覚を多くの人が理解してくれるなら、世の中に争いはなくなるでしょう。

どなたか私を理解してみようという人はいらっしゃいませんか?

それは個人的な理解ではなく、大いなる智慧を知るということです。


2018/07/30 21:27 明人の独り言 TB(0) コメント(-)
自覚が今より多くの人に伝わるにはどうしたらいいのかと度々思います。

ご意見をいただくことが早いかもしれませんが、コメント欄も閉じています。(様々な経緯があり今は閉じています。FBのメッセージで質問等してくだされば受け付けています)

そこで思うのが、聖者の言葉って、どこか希望に満ちていて何かをかき立てるように思いますし、スピリチュアルは願望をかなえさせてくれるような期待に満ちています。

そういった事は差取り塾では全く感じられないように思います。

書いたとしても今一つインパクトに欠けるような書き方しかできません。


そんなこんなで華もありません(笑)


磨かれた宝石がそれらであるなら、差取り塾は川に転がっている石のように思います。

輝きは一切映りません。

しかし、上流から流れ着いた石はそのまますべてをかたっています。

その良さが分かる人はもはやマニアックすぎます。


しかし、ダイヤモンドより、河原の石が大切だという話ではありません。

多くの人が誤解する部分です。

河原の石とダイヤモンドを並べて、ダイヤモンドを取ることをしないのが悟った人ではありません。

そうではなく、ダイヤモンドはダイヤモンドの美しさがあり、河原の石には違う美しさがあります。

それは同じ土俵で比べる事の出来ない美しさです。

元々比べることができないものを比べようとすることなく、純粋に美しさを感じてみた時、ある理解が起こります。

その時パラダイムシフトが起こっていますが、人間の観点では感じられない変化です。

この変化が感じられるようになると、宇宙のすべての美しさより美しいものを知るようになります。


それをお伝えするためには小手先の美しさは語れないのです。

純粋さを保つこと。

それは余計なものをなにも足さない手作り醤油のようなものです。

本当にしんどい(笑)

最高の味を保つためには、自然本来の力を使い人間のエゴは介入できません。

時間をかけて熟成された醤油はそれだけで美味しものです。


しかし、スーパーで大量生産された大手の商品が醤油だと勘違いされています。

本物は時間も手間もかかります。

その手間や時間を惜しんだ時、何か足すことになります。

本物の醤油を好んで使う人はそれほど多くありませんし、違いが分かるためには少なくとも一度は本物を口にすることです。

本物の醤油を世の中に営業することと、本物の自覚を伝えることは似ています。

本物の味を守るという事はとても難しい事で、月日が経っていくと違ったものになっていることは珍しいことではありません。


ここで最初の話に戻りますが、そういった醤油をつくることに浮ついた夢は感じられません。

実直にただ向き合っているだけです。

地味ですが、できた物は最高のものになります。


そこに在るなにかを感じられる人が量産物を選ぶでしょうか。


これからも差取り塾は何も足しません。

ですから、夢がないままです。

しかし、創意工夫はいつも起こっています。

ですから、前よりもっとおいしい醤油ができるようになってきました。

熟成の精度も大分変わりました。


本物を守るという事は、工夫しないで同じことをやり続けることではありません。


最高の醤油を創ろうという努力はずっと続きます。


差取り塾の世界観が伝わったでしょうか。


これからもする努力は最高にうまい醤油をつくる事だけです。

それに反することはできないのです。


また、つまらなそうできつそうなことを書いてしまいました、、、

実際はどうなのか、ここに書いても仕方ないかもしれませんが、皆さん熟成を楽しそうにやっています。

たまには汗かいて、きつそうなときもありますが、それが終わったとすがすがしい顔をされています。

差取り塾の歴史はそれ程ありませんが、年単位で在籍されている方が殆どです。

本物の味を分かったら他に行く理由はありません。

しかし、もう一つお伝えしていることがあります。

「もっとおいしい醤油があるなら、そちらを選ばなければいけません。そこで遠慮などしてはいけません」と

今はだいぶ熟成が進み大きく悟る人も数人はいらっしゃいます。
2018/05/16 18:56 明人の独り言 TB(0) コメント(-)
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