特別なことをやめると自然になります。
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プロフィール

差取り塾

Author:差取り塾
悟りの目線から明人が色々伝えさせて頂きます。
自由について、愛について書いています。

多くの指導者が思い込みを呼び寄せる言葉を発し、それを聞いた者は思い込みに陥る。

それを繰り返してきた人から思い込みが消え去るまでは真実をみる機会を失います。

このブログを理解する人はブログを理解しに来る人ではありません。

真実を垣間見た人。または、真実に向き合う人です。

真実とは何か?

そういった疑問に答えを出そうとする人は真実を見逃す人です。

すべてはその瞬間に起こっていて、答えもあらわになっている。

その答えを目の当たりにしながら他の答えを探しているという事。それがどれほど真実から遠ざかる事なのかを知る事が本当の学びです。

それを知った者は自然に真実の知り方を学び知るようになっていく。

知る事は自然に起こるようになる。

その自然を自ら起こそうとすることほど自然から遠ざかる事はありません。

誰が起こそうとしているのか?

これは簡単な問いではないのですが、簡単に言葉で答えは出ます。

そこで真実からかけ離れた状態に落ち着きます。

雲が晴れれば青空が見えるように、自然にそれは起こります。

しかし、雲をどかそうとする努力は雲に対して有効かと言えばそうではありません。

地上から何をしても雲は雲の気の向くまま・・・・

だから待つしかないという人も、指導者もいます。

雲を無くす方法はあっても、地上で雲を眺めてなくなる事を願っている人からすれば信じる事は出来ないでしょう。

曇り空しか見たことがない人はそれが空だと言います。

青空を一瞬でも垣間見た人は空の青さを知り、知った時から何かが変わります。

言葉は雲で曇り空を構成します。


しかし曇り空も人によって空であることには変わりありません。

それが自由のなかで創造されています。

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2018/02/03 11:14 明人の独り言 TB(0) コメント(-)
今日は私に近況について書いてみたいと思います。

難解な文章になるかもしれませんが、理解しようとしないで心にしみこませるように読んでみてください。


私は何も知りません。

知りませんが、聞かれれば答えます。

深淵なるところを知れば知るほど何も知らず、すべてを知っています。

これらのことは簡単にお話している事ですが、簡単に話しをすればするほど身近になるかと言えばそうでもないようです。

今日はあえて簡単にすることなく書いていますが、すべては簡単にいままでお話している事なのです。


何も知らない私がすべてを知っていることになる。

それはエゴにとってとてもつらい現実です。

何も知らなくてもすべて知っているという状態をエゴは理解できず、知る事ができないからです。

個性の私は個性をハッキリさせようとする性質を持っています。

個性をハッキリさせるために個性を在るようにする必然を集めなければいけません。

その必然が現象を知るという事です。

個性は現象の中でしか生きる事ができないと知っています。

ですから、現象を強化し、その中に個性というアイデンティティーを太くさせる必要があるのです。

それは、樹木が根ざし大木へと成長することと似ています。

現象が大地で個性が樹木です。


そんな風に個性は感じ取っています。


個性について勘違いしている人が沢山います。

個性が邪魔することで悟りが遠のく・・・・

これは個性が考えることです。

個性が考えるから大地から栄養を吸い上げようとします。

現象から利益を得ようとする事ですが、それは思い込みにすぎません。


何も知らない私から見るなら、個性という樹木は私という大地に根差しているのです。

個性から見た時と随分違うように見えますね。

その様に見ることができるなら、もはや現象も、個性という考えもどのように在るのかが見え始めるのではないでしょうか。


何も知らないという事は私を守り導きます。

知るという事を一度見直されてみてはいかがでしょうか。
2017/11/08 23:34 明人の独り言 TB(0) コメント(-)
悟った話を聞きたいですか?

悟る為の話を聞きたいですか?

悟るまでの話。

悟ってからの話。

聞くタイミングがあります。
2017/10/08 18:46 明人の独り言 TB(0) コメント(-)
悟りとは○○だ

と規定する事は、間違っていると師匠は言っていました。

私自身も自覚をしていてわかることは、確かにそうだな~ということ。

「こうやったら悟れます」とか、「こうやったら簡単だ」みたいなことは安易にいわない方が良心的。

本当に仕組みがわかれば簡単なのですが、仕組みを分からないうちから簡単だと言えるならそれはどうかと思います。

今までやってきて、やればやるほどシンプルになって伝えることが本当に簡単なモノになってしまいましたが、簡単すぎて分からない人もいるかもしれません。

何故なら人は簡単なことに答えはないと考える傾向にあるからです。

悟りは特別なことではないのですが、特別感が好きな人は特別に捉えようとする。だから簡単ではいけないし、みんなが悟ったら良くは思えないのは特別感が脅かされるからです。

特別感が好きな限りその人にとって悟りは特別であり、とても難しいものになります。

何故私が普段簡単な言葉を使うように心がけているかというと、特別感が邪魔になるからというのも理由の一つです。


「自覚」とはそうしている「私」を知ることが大切・・・に思われがちですが、それは初心者の「自覚」(野球でいうとファールチップ(かすっているけど前に飛ばないという意味)

「私」を愛することが自覚をする人が大切にしがちですがそれは子供の自覚です。

一所懸命「私」を愛そうとしているのを実際みるとただの自慰行為を行っているだけの人が殆どです。それで気持ちよくなって、喜んでいるのですからそれを違うというのも酷なこと。嫌われただけでした。

大手を振るって自慰行為を出来るのだから、好きな人ははまり続けるでしょう。

知っていたらとてもできません。

そもそも満たされた「私」は愛を必要とするのでしょうか?考えれば誰にでも分かることです。

しかし、愛が足りないと考える人には愛と呼ばれるようなものが必要なのは確かです。

「私」を愛することに励んでいただきたいと思います。



「私」を知ること

大切なことですが、これが難しい、、

文章では伝えられないばかりが、書くと誤解をつくり出すきっかけにしかなりません。

安易に考える人は知るために掘り下げて考えてしまいます。

心理学的手法では「私」を知ることは不可能です。

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師匠におんぶにだっこでいた人が心理学的手法で悟ったと勘違いする事はよくあることです。

そういった人の10年後もみましたが、苦しみに満ちていてとても自覚を実践している人には見えなかったことを覚えています。

私の師匠ですが、悟りにおいて本当のマスターだと今でも思います。

しかし、師匠が伝えていることを理解している弟子は殆どいないように思いました。

悟りってそんなに難しいのか?

自覚ってそんなに分からないモノなのか?

正直私はそれがわかりません。

なんで自覚が分からないのか分からないのです。

師匠はそのまま伝えているのに弟子が勝手な考えを付けて、都合のいいように解釈するのをみていると何ともいえない気持ちになります。

何故弟子が分からないのか?

それを分かるための努力もしました。

それはここでは書けませんが、今では自覚を伝えるときに大いに役立っています。

自覚は多くの人にとって難しいようです。

難しいという事すら気付けない人も沢山います。

自分の都合で解釈する人は難しいし、難しくしていることにも気付かず、師匠の力を借りているので難しいとも感じない。

無自覚の中で自覚している事ですが、それを知っている人は稀です。

自分でやろうとしない限り分かることはありません。

お金が目的である弟子は自分を窓口にして自覚っぽい事を教えつつ、師匠のところに送り込みます。そして、自分の功績のように宣伝しまた呼び込みをおこないます。

それも悪くはないように思うのです。

結果的に呼び込まれた人は悟りを得ることになるのですから。

しかし、お金を取って呼び込んでいる本人の末路は恐らく・・・

しかも囲い込もうとするなら益々です。

囲い込まれた人も別のモノを背負います(背負わされているようにも見えますがおろすことができるのも本人次第ですから)。



ここまで書いてきましたが、私としてみれば書かなくてもよいことを書いていますし、書く理由も分かろうとしないとわかりません。



明らかに適当な「自覚」がこの世を独り歩きすることは、師匠の顔に泥を塗るのと同じ。

だから黙ってはいられない・・・・ということでもありません。

師匠はそれを知っていて警告をした上で許しているのですから。

「自覚」は今のところ適当なままでいると思います。

仏教もその様に今まできたように、お釈迦様の教えをしっかり伝えられたのは開祖と極一部の限られた弟子でした。

その限られた弟子は「自覚」に限っては日本にいないのかもしれません。

「自覚」を文章で伝えることが出来ると考えるのは自覚を知らない者の考えです。

師匠はそこをうまく悟れるように話してくださっていました。

師匠でさえ「自覚」とはこういうやり方だとはハッキリ言わないのです。


間違った「自覚」を広めても現世的に罪は無いどころか儲かります。

しかし、違う観点から見たときはどうでしょうか?

総て見ていた「私」は何をしようとするでしょうか。

神は罰を与えることはあり得ません。

「私」を知ることとはそういったことでもあります。

これを読んでいるそこの「あなた」突き刺さるものがりましたか?それがあなたの未来を示唆しています。

私が言っているわけではありません。


今回はこれくらいでいいしょうか?

「  」(^_^)ノ

2017/08/11 12:00 明人の独り言 TB(0) コメント(-)
自覚という言葉に聞きなれないと感じる方も多くいらっしゃると思いますが、自覚ってどうなの?というお話に少しお付き合いください。

お付き合いしていただいているうちに、思考の外からほどけているはずです。

自覚をすると悟る?

これはyes

ですが、自覚をしているつもりなら答えはnoになります。

自覚っぽいことして、自覚を誤解する人は沢山いますし、それで発信までしてしまう人もいますが、それはそれでいつか気が付く時が来れば自覚になるように思います。

自覚をして、生活が変わった

という人がいたなら、自覚をすると生活が変わるの?という質問が起こるかもしれません。

その答えは厳密にいえばno

結果にフォーカスするならyes

です。

自覚とはこういうものだという答えを表したなら、その答えすべては×です。

自覚で私を知れば悟ることができる?

答えはno

私を知ると悟る?

no

なぜnoなのかといえば、ここに書いてあることが真実なのではなく、ここに書いてあることを通して、あなたがあなたの中に真実を在るようにするからです。

あなたがどのような真実を創り出したかは、ここではわかりません。

「私」をみるんですよ

とお伝えしたとき、伝えたいことをそのままできる人は今まで一人しか会ったことがありません。

それでも勝手に分かったと思う人は後を絶ちません。

「その自転車を見てください」といった時、自転車を見ることができますか?

自転車

簡単ですね。

でも、おそらく自転車は見ていないと思います。

自転車が近くにあればあるほど、自転車は見なくなります。

知っていましたか?

知らずにそれをやっているのです。

間近にあったら多くの人が自転車を見ることができないのです。

そんなことはないと考えるのなら、この話はそれで終わります。

そして、自転車をみることなくその場を立ち去っていくのです。


そんな分かり切ったことを分かり切ったと思い込んでしまうのが人の思考です。

早く答えが欲しいと考え、急ぐあまり見逃していることが沢山あります。

いったんそこで立ち止まり、今、自分自身の心がどう動いているか、つぶさに見てみることが大切です。

さて、自転車の話でここまで引っ張りましたが・・・

答えを書くとなーんだで終わるかもしれませんし、あぁ・・・と気づく人がいるかもしれません。

これはあくまで例であって、そのようなことがそこかしこで起こっているという事です。

「ちゃんとみてるよ!」

「見ていないわけない!」

そんな風に自転車を目の前に言う人も珍しくないと思います。

これが世の中の仕組みです。

思い込みから抜けられないという仕組み。それがその世の中の仕組みだという事が分かったら、あなたは変わらざるを得ないと思うのですがいかがでしょうか?

すべては現れているのにそれを見ていない。

そんなはずはないとは思いませんか?

以前「私は盲目だ」と感じながらもどうしていいのかわかりませんでした。その立場からものを考えてもどうしても思い込みを材料に考えてしまう。それが今ではわかりますが、当時は気持ち悪さしか感じることができませんでした。

それでずいぶん苦しみましたし、それを解決する手段は無く、本を読んでも全く答えを得られませんでした。

それでも探し続け、本を読んでいくうちに何となくわかったようなところもありましたがすっきりすることはありません。

分かった気になって痛い目を見たことも、痛い行動もたくさんしていたように思います。

分かっていることと分かっていないことの区別はわからないときはできません。

そして、分かった時「分かっていなかったな」と分かるのですが、当たり前すぎて忘れ去られています。

しかし、知らなくても何となく気づいている人は物事に真摯です。

「知らない」という事を知っていると真摯にならざるを得ないのです。

これを読んで知りましたか?

目の前の自転車を見ることができたでしょうか?

自転車を見るのはこの後の追記で・・・
2017/08/09 14:43 明人の独り言 TB(0) コメント(-)
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