特別なことをやめると自然になります。
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差取り塾

Author:差取り塾
悟りの目線から明人が色々伝えさせて頂きます。
自由について、愛について書いています。

瞑想については何度か書きましたが、すでに瞑想をしている人にとっては心地悪い記事になってしまっていたと思います。

特に瞑想を教えている先生にとっては都合が悪いお話しですし、瞑想で商売をしている人にとっても同じです。


本当に瞑想に精通していた人がどんな瞑想をしていたかというと、ただ瞑想するだけではありませんでした。

森羅万象あらゆるものを瞑想していました。

差取り塾でみんなさんがやっている瞑想はそのような瞑想です。


その瞑想の中身を少しだけご紹介します。

心が静かになることは重要視しません。自然に静かになるからです。

瞑想


静かになった状態から、瞑想は本格的なスタートになります。

瞑想をしているうちに、明らかに意識の変化を感じます。

その変化がポイントなのですが、自分が進むべき道(あまり考えないでください)進むべき意識の進化方向があるとします。

その進化方向が明らかに分かる方法があるのです。

上達すればするほど、「それ」に近づいていきます。そのようにしかならない瞑想です。

なぜそのようなことが可能かというと、高次元から持ってきた瞑想だからです。

ですから、やればやっただけ「それ」に近づいていきます。自分の意思でそちらに向かっていくからです。

厳密に言うと向かう意思も瞑想して消えていきます。

消えていったからといってそれは静寂ではありません。

静寂も瞑想します。


おそらく多くの方は理解できないと思います。

既存の瞑想ではないからです。

しかし、瞑想を20年やった人がこの瞑想半年で大きく飛躍しました。そして、今でもこの瞑想を極める途中にいます。

極めたら解脱してしまいますが・・・・

一般的な瞑想は残念ながら悟りの入り口もしくは手前までしか導いてくれません。

それは理論的な思考で理解できる事なのです。

それでも既存の瞑想にしがみつき続けるのならそれも悪くはありません。

瞑想という執着から自由になれないと瞑想することで教えられている状態だからです。


差取り塾で行われているの瞑想は意識のスポーツであり芸術です。

世間から離れるものではありませんし、むしろどっしりと生活の基盤になるようなものです。

分からない心の奥の世界を科学し、理論に基づいた瞑想は意識の成長を否応なく加速させます。

従って瞑想の指導は随時行っています。

指導といっても姿勢などの目で見て分かるところのことではありません。

心の中です。一人ひとり違いますからそれぞれのアドバイスをします。

意識の状態についてのアドバイスをするわけですが、これがどこでも行われるようになれば意識の成長スピードはかなり上がるでしょう。

あくまでも、解脱に導く瞑想の話であって、悟り手前の瞑想の話ではないことを繰り返しておきます。
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2016/12/20 20:21 差取り塾の瞑想 TB(0) コメント(-)
心を静かにすることが瞑想だと考える

広がった感じが起こる事が瞑想

深く入った感じが瞑想

癒しが起こる

・・・・・

これらは瞑想ではありません。

現れを以って瞑想と言うならそれは違います。

そして、心を静かにすることは瞑想において最初の入り口、準備運動にすぎません。

ヨガが悟りへの準備であるように、心を静かにすることは瞑想の前段階。その事はヨガの成り立ちとほぼ同じです。


多くの瞑想は瞑想をしているようで、瞑想の入り口に立つ練習をしている事になります。

そのことに気づかないでその瞑想を一生続けるなら、入り口にとどまりつづける事を意味するのです。

ここで色々な意見が聞かれるかもしれませんが、それは瞑想の入り口に差し掛からない観点から発せられることが多いと思います。分かりやすく言うとエゴが言っている主張になるという事です。

瞑想をされている方は、心をオープンにして読んでみてください。必ず助けになるります。この瞬間だけでも心を静かにして読むことが大切です。


心を静かにするという事について

心が静かになるという事は一つのフォーカスが起こっているという証拠でもあります。
静かな部分にフォーカスするから静かに感じて当たり前なのです。

もしくはフォーカスを極限までしていくと点になります。点の上には考えが存在するスペースがなくなります。



瞑想の達人がしている瞑想はどのようなものなのでしょうか?

それは、思考をフル回転する瞑想です。
そうは言っても一般的に考えられる思考ではありません。
それを超えた思考を取り扱います。

その様な瞑想法は世の中にあまり伝わっていないようですが、実際聖者の瞑想はそういったものです。
分かりやすいところではミラレパという人の詩を読んでみるとそれが垣間見れるかもしれません。

瞑想を極めた観点で書かれているミラレパの詩は瞑想の真髄も描かれています。

しかし、その真髄は瞑想をきわめてみて初めて理解できる事です。

ミラレパの詩をみて理解した気になるのならそれは一生本当の理解を得られないことになります。


なぜ今この様な事を書くかというと、瞑想は理論的で科学的なアプローチの時代に入り始めているからです。

だからと言ってどこかの大学の先生が提唱しているマインドフルネスとは全く違うことは言っておかなければなりません。

マインドフルネスの瞑想は入り口にも達していない瞑想だからです。それでも効果はあるようなので、その効果で十分な人はそういった選択をすることになりますし、良いも悪いもありません。

瞑想で悟る人は一般的な瞑想の概念にとらわれない人です。

捕らわれている人がいくら瞑想しても、座禅をしてもその境地は得られません。これは動かしがたい事実です。

だからこそそこから抜けるための実践を行っていく・・・・それは修正をしていくことなのです。


ゴルフでフォームが違うのに真っすぐ球を打ち出すことができるでしょうか?

出来たとしても確率は落ちます。

フォームを整える事で球が真っすぐ飛ぶ確率は飛躍的にアップします。

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今瞑想をしているあなたを否定しているのではなく、フォームを変える事で飛躍的に確率が上がるというお話を書いています。

瞑想をしている人は自分が行っている瞑想を否定されると感情的になります。それをやめてみてください。今の瞑想に執着をていることから離れたときに本当の瞑想が理解できます。

誰でも自分が良いと思っているフォームで実践します。しかし、レッスンに行ったなら先生から違うと指摘されないことの方が珍しい事。先生からフォームの指摘を受けて怒る人はあまりいません。

しかし、瞑想をしている人にその瞑想は違うというと気分を害されます。それは、相手に対しての規定(思い込み)や執着の中に生きているからですし、瞑想の効果がそこに現れていない証拠でもあります。

世界的に有名な瞑想も入り口までです。

その先は伝えられる人が殆どいません。インドに行っても無駄です。

多くの瞑想や座戦は間違った理論の元に行われています。


悟ったといわれる人も瞑想を分かっているとは限らないのです。むしろ分かっていないことが多いです。

日本でも有名なヒマラヤ関係の人が言っている事も、間違っているとは言いませんがぼやけているんです。体が浮いても息をしなくても、瞑想を知っているとは言えないのです。

有名な僧や聖者もぼやけたことを言っているのですが、それに気づけますか?世界にはほぼいないのです。

それでも看板や系統で判断する人はそちらを選んで良いと思います。今はそれが合っているからです。

2016/12/08 02:06 差取り塾の瞑想 TB(0) コメント(-)
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2015/12/02 15:06 差取り塾の瞑想 TB(-) コメント(-)
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2015/10/07 23:30 差取り塾の瞑想 TB(-) コメント(-)
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2015/09/20 20:42 差取り塾の瞑想 TB(-) コメント(-)
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