特別なことをやめると自然になります。
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差取り塾

Author:差取り塾
悟りの目線から明人が色々伝えさせて頂きます。
自由について、愛について書いています。

人間は色々な場面で我慢を強いられることがあります。

しかし、その我慢は本当に必要なもので、しなければいけないものなのでしょうか。

人間の営みにおいて我慢で事態が好転したかのように見える場面が沢山あります。

会社を辞めたくなった人はかなり多いはずですが、そこで会社をそのまま辞める人はあまりいません。そして、会社に残り、会社内でよいことがある我慢したことを思い出しそれが報いたのだと結論付けます。

同じような場面が会社だけではなくそれぞれの人にそれぞれのシチュエーションであると思います。

その結論付けが、我慢を正当化し盲目になる大きな原因を創ることになります。


我慢ができない人が我慢をしたくないためにこれを読んでいるのなら、残念な記事になりますので先に書いておきます。

だからと言って、辞めたくなったらすぐやめるのが良いという話にはなりませんからそれを期待して読まれる方はがっかりされるでしょう。

しかし、本当に合理的に我慢をなくしたいと願う方は何かのヒントになるかもしれません。

我慢をして何とかなるという事は、我慢をしたから事態が好転しているわけではないからです。

あなたの中で我慢とはどういう定義づけがされているのか一度考えてみる必要があります。

ここでの我慢の定義は

我慢

物事への理解不足のまま苦痛を耐えている様子。


我慢


この定義で気づく人もたくさんいると思います。

今まで我慢しているうちに何か分かったという経験を多くされている人は、成長している人です。

逆に我慢することに我慢ならない人は同じことを何度も繰り返して生きます。


前者について、我慢をしたから何かが分かったと言ってはいけません。我慢ではなく、耐えながら理解に努めたから理解が起こりました。ですから我慢が利く人は今日から人に我慢を強いることはしないでください。我慢がいいものだという幻想から自由になるという事でもあります。

我慢を美徳としているうちは大切な人にも我慢を強い、つらい思いをさせます。今日からそれはしなくてよいのです。

同じことに対して我慢が必要なくなった時、報われたと感じた時に何が起こっていたのか知ることで、我慢する人生から自由になっていきます。

同じことで我慢し続けなければいけないという現象は、それに対して理解が及んでいないというシグナルです。理解しきった時、我慢は必要なくなっています。


我慢=苦

踏みとどまる=理解を起こす肯定的な行為

このように生きていくだけでも随分人生から苦が消えていくはずです。



ところで、差取り塾ではどんなふうに伝えているかというと、理解が大切だとは伝えていません。

なぜなら、一つ一つ理解しているうちに人生が終わってしまうからです。数多ある苦を理解していくことは何度生まれ変わって分かっていったとしても無くなることはないからです。

私が一番大切にしていることは、理解をすることではなく、理解できる「私」になっていることです。

そうなっているのなら、どんなことが起ころうと自分自身に理解が在るようになっているからです。

本当はこれを伝えたいのです。

これを分かれば、人生から苦はなくなります。

楽しくいきたいのなら苦が少なくなるだけで十分だと思います。そして、やりたいことを思い切りできるのなら、それはその人にとって幸せなのではないでしょうか。

いつも何かを気にしてやりたいことも思い切りできないような人生はつまらないように思います。

思い切りやり切った人が次のステップに進むのではないでしょうか。
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2017/05/24 12:17 悟り TB(0) コメント(-)
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