そのまま「観る」という科学
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差取り塾

Author:差取り塾
社会の中で地に足をつけて活きるという事を突き詰めると、思考を超えた合理性を帯びるようになります。

このブログは、人間ではなく人もしくは、人間から人に変わる過程にある人に向けて書かれています。

人間とは何か、人とは何かという事については最近にブログを読んできた抱ければ察することができます。

なぜ察するのかというお話。

察するという事は物事を決めつけ切らない。

理解の余地を残しておくことでもあります。

察する時常に未知が含まれているという事を自覚してみてください。

すると、察したことについて正しいか間違えているかという判断が消えることになります。

察する事と先読みは違います。


ここまで読んできて、察するという事について、私がなにを示しているのか察することができたでしょうか。

これはゲームのようなものです。

楽しみながら察してみてください。


察するといいながら、妄想に陥っているならすでに察するという事をやめてしまっているという事になります。

それが無自覚におこっているのが人間です。

人間は察するという事も出来ているようで出来ていません。


察するという事は、一つの答えに限定することではありません。

可能性、方向性からそれに反する事のない事柄の候補を絞るという事でもあります。

これがとても重要なのです。


その様に察するという事を人間が極め始めた時人への変化の時期に近づき始めている事になります。


察するという事を極めていくと、その究極が悟るという事になります。

一般的な意味の「察する」と「悟る」は似ています。

察するという事を正しく理解していくことで、物事を実際に見ることなく確信を得ることができるようになる状態を経験するようになります。

悟り(目覚め)は目に見えません。

思考でも理解できません。

それを人間の観点に当てはめてはっきり認知しようとする事で、誰も理解できないものになります。

そこには、人間の分かるはずだという前提があります。

そして、その前提が崩れない限り悟り(目覚め)が訪れることはありません。


ですから、「私がやっている事は破壊だな」と感じることがあります。

幻想を破壊していく破壊者。

イメージはスサノオやシヴァです。

本質はもともと在って、作り上げるモノではありません。

本質と違うものはいずれ壊れていきます。

その、原理原則を察した者は違うものに違和感を覚えるようになります。

いらないものはいらないという事を悟る時、ただその様にします。




察するという事は何かに限定するという事ではなく、確実な事だけを情報として方向性を絞っていく、そして、真実に近づけていく事です。

誰かが言っている。

そこから察することができることはなんでしょうか。

・・・・

・・・・・

・・・・・・

その誰かがそのように考えて、しゃべっているという事から、その様にしたいという事がわかります。

すると、なぜそのようにしたいのか察する準備が整い、ケースに応じて、何か察することになるかもしれません。

察する準備が整うという事は、そのまま見ることができる姿勢ができたという事です。

すると、当たり前なことが当たり前に分かるようになります。

それを繰り返していると、相手の話の向こうから伝わってくるものが読み取れるようにまでなっているかもしれません。

それも、私からすると、起こっている事ですから起こっているようにわかるというお話にすぎないのです。


人間の観点では五感で感じることができる事しか認知できません。

人の観点から、五感を超えて起こっている事を認知できるようになります。


だからといって、霊能者や神ごとに携わっている者が人かどうかは別の話です。

筋とか道理の話を書きましたが、それも、理を察しているからこそ分かる事です(解るではない)。

人間として解ったようにふるまう事と、分かってふるまう事は違います。

この文章一つについても察することができない人には理解できません。


さて、今回このブログの読み方を察した方、悟った方がいると思います。

解った方は分かっていない事になります。


考えながら読んだ方にはわからないのは察してもらわなけれな伝わらないところを伝えようとしているからです。

これ場や文章では伝わらない事は、言葉や文章から察するという事ができない人に伝えることはできません。


察するという能力。

これは日本人が得意とするとことでもあります。

外国人にははっきり伝えないとわからないという事になりますから、本質的な事を言葉から理解することが難しくなります。

察するという文化は、これから日本人が進化するためにとても必要な文化です。

日本人は高い情報リテラシー能力を潜在的に持っています。

それを諸外国に目をつけられたらどうなっているでしょうか。(こういった一文も察してください)

外国人からしたら、上の一文も暗号のように作用しているかもしれません。

言わなければ分からないという考え方は人間の考え方であり、エゴが介在しています。


このブログ、察しながら読むことで理解が大きく変わっていきます。

そしていつか、書かれている事を悟るようになるかもしれません。

それには長い年月がかかるかもしれませんが、そこまで達した時には人生が大きく変わることになるでしょう。


2020/05/30 16:19 差取り TB(0) コメント(0)
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