特別なことをやめると自然になります。
カレンダー
08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
新着記事
応援クリックお願いします!
プロフィール

差取り塾

Author:差取り塾
悟りの目線から明人が色々伝えさせて頂きます。
自由について、愛について書いています。

人が成長していく過程で「こうしなければいけない」「こうでなければいけない」とそれに向かって努力してみたり、そうでない自分自身を責めたりしている事は誰でも経験していることではないでしょうか。

その様に教わって、

その様に生き

「それで何かしらの結果を手にした」と考えるかもしれません。

人間は向上心を失ったら終わりだと考えることも一般的です。

その中で、「こうでなければいけない」は正当化され、いかにも正しいように認知されています。


「こうでなければいけない」に違和感を覚える人でさえ、『「こうでなければいけない」はいけないんだ』

と考えることになります。


どんなに考えても「こうでなければいけない」は無くなりません。


そこで一つの方法ですが、「こうでなければいけない」とうまく付き合う方法を探ってみてはいかがでしょうか?

どんなことでもそうですが、対象と戦うことをやめるのが近道になります。

戦うことに気をとられ、感情や衝動で合理的な行動をとれなくしてしまっているのが人間です。

合理性より、感情や衝動に流されてしまう。そのような場面は社会的日常です。

会社の上司も好き嫌いで人を判断しますし、気分で物事が決定されている事の多さは社会の幼さの現れとして、人を苦しめます。


さて、話を戻して・・・・

「こうでなければいけない」という考えは、ひとつひとつ見ても万国共通ではありませんし、考えつくすべてが個人的、集団的考えにすぎないという事です。

あなたが限定をつくった時、それは既に始まるのです。

地域という限定

社会人という限定

性別という限定

・・・・

それらから生まれるものはなんでしょうか?

それが分かったとして、それを何とかしようとしてはいけません(笑)

そうであることを知ることが大事です。

「私は社会人としてと考えるから、いけないorべきが沢山でるんだなぁ」

と知るだけで構いません。

それだけで不安になるかもしれませんが、本当に知る事を始めると、その周りになる事にも気づき始めるようになります。

その気づきとともに(あくまでもその気づきではありません)「こうでなければいけない」が緩んでいます。

じわじわですが自然な形で緩みます。

知らないうちに楽になっている自分自身に気づくかもしれません。

自然の流れは偉大です。

その流れを変えようとしたり、さえぎることで人間は「苦」を体験します。


サーフィンやラフティングをしているイメージです。


あらがうことなく自然をつかんでいく

決して流されるわけではありません。

そこに生きる事の醍醐味があるのではないでしょうか。

サーフィン



上に書いた方法は時間はかかりますし、顕在的に気づけないかもしれませんが誰もなしえる事ができない成長を起こします。

スポンサーサイト
2017/05/13 23:42 悟り TB(0) コメント(-)
トラックバック
http://subetetsunagaru.blog133.fc2.com/tb.php/1529-e43eb396
差取り塾のお知らせ
差取り塾へのお問い合わせはHPからお願いします。
検索フォーム
ブロとも申請フォーム