FC2ブログ
特別なことをやめると自然になります。
カレンダー
07 | 2018/08 | 09
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
新着記事
応援クリックお願いします!
プロフィール

差取り塾

Author:差取り塾
社会の中で地に足をつけて活きるという事を突き詰めると、思考を超えた合理性を帯びるようになります。

人を救うことができるのは神のみ

その様な宗教があるとしたら、それは正しいと言えるでしょう。

人の心では人を救うことはできないからです。

人が人を救おうとする時、計算が入ります。

100%良心で救ってもです。

※誰かが命の危険にあっている時は救ってください。そこに計算の余地はありません。

そういった難しい事は置いておきましょう。


大切なことは人を救う生き方ではななく、人が救われる生き方

人を救おうとした時、方法によって行います。

その方法は人が考える方法です。


人が救われる時、方法は介在しません。

方法が介在しない時、神が垣間見え始めます。

その神に触れた時、人は救われます。

人の行いの中に神を見る時、それは人が輝きを放つときです。

そうした瞬間は、人の営みで度々起こっています。

起こそうとしないで起こしてる時、輝きが放たれます。

人の意識がそこに介在しない・・・


人の意識が介在しないそれを神と呼びます。

大切なことは、神を表わそうとすることではありません。

そして、人を救おうとすることでもありません。


人が救われる生き方とは、自分自身の輝きを放つ生き方です。

そういった人が増えたら、人類はますます変わっていくでしょう。


神とは便宜上の神。

「それ」を神と言います。

そこに意志や意図はありません。

普段から人はそれに触れていますし、知っているはずなのです。

それを明らかに知った人が目覚めた人と言われています。

何事にも真摯に取り組む姿勢の中に神は顕れます。

スポンサーサイト
2017/10/02 23:53 差取り TB(0) コメント(-)
トラックバック
http://subetetsunagaru.blog133.fc2.com/tb.php/1560-ffc5ab95
差取り塾のお知らせ
差取り塾へのお問い合わせはHPからお願いします。
検索フォーム
ブロとも申請フォーム