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特別なことをやめると自然になります。
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差取り塾

Author:差取り塾
社会の中で地に足をつけて活きるという事を突き詰めると、思考を超えた合理性を帯びるようになります。

差取り塾でお伝えするときには人が自由になっていこうとしたときに働く力を計算に入れてお伝えしています。

ですから、捨てなさいとか手放しなさいという話はしません。

捨てられるときにどういったことが起こっているのか、手放すことが出来るときにどんな現象が起こっているのか知ることで自然に手から放れるにはどう導けばいいかはっきりしているからです。

吊り橋を高所恐怖症の人が渡る時を考えてみてください。

横に張ってあるロープをから手を離しなさいと言ったところで、素直に離せるでしょうか?

ロープから手を離して、真っ直ぐ渡りきるにはどう導くことが大切でしょうか?

そもそも何が大切なのかということも含めて相手にとって最善を一緒に歩まなければなりません。


言葉はすぐに一人歩きをします。

吊り橋にいる人にどういった言葉をかければよいのか考える前に、吊り橋にいる人という括りをはずさなければいけません。

一人ひとり真っ正面から向き合ったときそのときの言葉が出てくるからです。

個性というフィルターの向こうまで届かせるためには個性を無視してはいけません。

森の向こうに行くには真っ直ぐ歩くことが出来ないように、決まった言葉を使うことは出来ないのです。

しかし、多くの指導はナビゲーションシステムだけ渡されます。

そこには木の位置も起伏も危険地帯も示されてはいません。

ナビゲーションシステムを使って進んだ人は必ず行き詰まります。

絶壁があってもその先しか示さないからです。


そこでナビゲーションシステムを使った方法から卒業するか、進むことをあきらめなければなりません。

すべて計算に入れた地図はありえません。

しかしそのときそのときに目の前に広がる景色を一緒に見るなら、どの様に進めばいいか明確に分かります。

多くの場合、聞く人は目隠しをしています。

目隠しをしたままどこかに去る人もいますが目隠しをはずすためにお伝えしてるともいえます。

目隠しをしている人よりはっきり見ている人の方が先まで見えるのは当然のことです。

真っ直ぐ歩いたら木に当たる

これが外力。

右に行ったら険しい道を登ることになる

これが苦しみであり苦行

左に行ったら谷に落ちる

これも苦しみであり大きな経験


そういった外の力をどうしても最初は受けるのですが、それは皆さんそうなのです。

できた観点でモノをいわれても分からないですし、出来るように指導するのが指導者ですよね?

上から見てそこを真っ直ぐ進めばいいんだ

といわれても

目の前には大木があるなら指導が迷いを呼ぶのです。


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2017/11/03 08:53 差取り TB(0) コメント(-)
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