特別なことをやめると自然になります。
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差取り塾

Author:差取り塾
悟りの目線から明人が色々伝えさせて頂きます。
自由について、愛について書いています。

何かを成すときにそれを分かっている人ほど成す可能性は上がります。

多くの場合、そこが欠如しているために道半ばで終わります。

どの分野においてもトップを走る人には共通した習慣があります。

本人はそれが成し得るための布石になっている事を気づかなくても習慣になっていのなら自然にそうなります。

そこを紐解いてみることで成し得るために大切なことが分かってくるのですが、紐解くだけで終わるのが成し得ない人の特徴でもあります。

成し得ない習慣を持っている人はここに答えを書くと、「(なんだ)そういう事か」と考えて終わります。

方法論ばかり先に走り、その方法が間違えていること自体に気づけなくなります。

方法があっているか間違えているかばかり気になり、本質が見えない状態に多くの人が陥っています。

本質とは方法があっているとか間違えているという事ではありません。

自分自身の観点でしか見ることができない状態に引きこもっている事にとどまらない。それが成し得る人の要素の一つになります。

自分自身の観点でしか見ることができないという事は自分の思考の枠を超えないという事です。

思考の限界は個人個人にあります。しかし、その限界の枠の中でしか考えず、行動しないとしたら、そこに内包していることしか起こらないのです。

思考の枠の中でしか理解をしようとしない事で、色々なことを勉強したつもりになっていても思考の枠が広がったわけではなく、自身の思考の枠で理解したにすぎません。

その理解は錆となり、思考の動きを鈍くさせていきます。

独りで勉強しても自分が理解できる事しか理解できていない事に気づく人はあまりいません。

さらに言うなら、自分にあった理解=自分にとって都合の良い理解を繰り返しています。

自分にとって知らないうちに都合で理解している人は、都合が大きくなってきます。

すると違うと感じる事(都合に合わない事)に対して感情が大きく動きやすい傾向になっていきます。

その感情に流されながら自分の理解を主張する人は巷でよくみかけるのではないでしょうか。

知識というモンスターを育てる事を一生懸命してはいけません。

周りの人を巻き込み自分自身を苦しめるからです。

知識を振りかざしたり、主張することは合理性に欠けた行動です。

合理性を欠いた行動をさせるのは感情です。

合理性ですからそこには理(ことわり)があります。

その理を無視して成し得ることができるでしょうか。

成し得ない行動をして道半ばで終わるのは当然なことです。

少し思考を整理すると、合理性を欠いた行動とは理を無視した行動。

理を知って、自分のものにしているのなら、成す方向に進むようになります。

理とは崇高な言葉ではありません。

いつも身近に在り、自然に起こっている流れのようなものです。

理は目に見えませんし、認識することは難しいと思います。

一つの理を知った時、一つ悟ったという表現があっているのではないでしょうか。

それを仕事で知ることもあれば、スポーツで知る事もあるでしょう。

合理性は「そこ」から発生しています。

それにあらがう事は合理性を無視することになりますが、それに気づかないで多くの人が失敗しているのです。

理を知る事がいかに大切か伝わったでしょうか。

それを判断しているのはあなたの思考です。

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2018/03/25 15:07 悟り TB(0) コメント(-)
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