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特別なことをやめると自然になります。
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差取り塾

Author:差取り塾
社会の中で地に足をつけて活きるという事を突き詰めると、思考を超えた合理性を帯びるようになります。

先日、書いた記事について、もう少し続けて書いてみたいと思います。

私は昔、スキューバダイビングのインストラクターをしていた時期があります。

そこから思う事は、人間は理解する前にやってみたくなる衝動が起こるという事です。

講習中、注意を促してからデモをしないと必ずデモの最中から同じ動きをまねしようとする人がいます。

ですから、まず、「私の動きを何もしないでみてください」とお伝えしてからデモをします。

これはインストラクターマニュアルにもしっかり書いてあることです。


ダイビングに限ったことではありませんね。

皆さんやっていると思います。

どの様にインストラクターがそのスキルをやっているか冷静に観察することを多くの人はできません。

それはどの様な場面でも一緒です。

人間の仕組み、癖と言っても過言ではありません。


どんなことにおいてもそれは起こっていますから、そこに着目するだけでも、随分覚えが変わるはずです。


この時どのような事が起こっているかは、知らなくても結果は変わると思います。


随分表面的な話ですが、こういったいつも見ていても気づかない事から取り組むことが、深い理解に繋がっていくのです。

いきなり深い理解をしようとすることは、インストラクターがやっている最中に動きにつられて真似している心理状態と似ています。


結果だけをまねしようとすると、本質を見失います。


スキューバダイビングの講習の話ですが、人生を左右することと繋がっていくのです。


何かを一生懸命勉強することは、あらわれた結果を・・・・・・・・・・

これ以上は書かなくても理解できると思います。


・・・・・・・・・の部分を自分で答えを出し、実践に移していくことが大切です。


人間は理解する前から理解を邪魔する行為を自分自身で無自覚にしています。

それは上に書いた結果を学ぼうとすることも含まれます。

どこぞの偉いお坊さんが言った事を勉強してもその境地は学べませんし、経営の神様と言われるような人が語る言葉を勉強しても、経営の神様にはなれません。

それでも、経営の神様が言った事を実践したら何かが良くなることはあります。カリスマ主婦のやり方を勉強したら家事が変わることもあります。

そういった結果に満足してありがたがるのなら、一生勉強する側なのです。

勉強するという事も知っていかなければなりません。

自分自身がどうのような状態なら、勉強を必要とするのでしょうか。


勉強をしない人間はダメ

なのでしょうか。

それに近い言葉はどこかで聞いたことがあるように思います。

それは勉強をして良くなったと思い込んでいる人の言葉ですし、

本を読まない人間はダメだ

というなら本で良くなったと思い込んでいる人でしょう。


そこで、私自身の事も同時にあるのですが、

自覚をしない人間はダメだ

とは思いません。

無自覚に生きていてもそれを今経験している。そして、必要無くなればまた他の経験を選ぶ。

自覚できない人は、できません。

選ばれた人しかできないのではなく、選んだ人しかできません。

選ぶのは自分自身です。

自覚をしている人で選ばれたように感じているならそれは妄想で、主人に仕える奴隷の意識です。


お釈迦様やイエスキリスト・道元禅師や白隠禅師などが最初から天才だったわけではありません。努力を重ねたうえでの現れであり、努力をすれば同じようになれると説いているのではないでしょうか(不勉強ですいませんがおそらく本人たちはそう言うはずです)


私に才能があるかどうかは一人ひとりにとって関係ありません。

差取り塾において学んだ方々が結果を出していればそれでよい事です。

やり続けた人は必ず結果を出しています。

それで十分で、私に才能があるかどうかは重要ではないのです。

しかし、現実を見ない人にとっては差取り塾の主催である私の才能自体にこだわり、本物か偽物か区別しようとします。

これだけははっきり言えますが、続けている人たちの理解は日を追うごとに深くなっています。

そして、誰にも頼らなくてよいくらい一本で立っています。

それもそうなってみないとわかりません。

何故差取り塾に長く在籍する必要があるのかいう疑問が邪魔をするからです。

それを矛盾として指摘したくなるのは、物事に真剣に向き合ったことがない人たちが陥るエゴがつくる落とし穴です。

やったことのない人にとってそれは真実でしかありませんし、正当性をおびた考えです。

しかし、別の角度から見るのならそれは正当性どころかエゴに満ちた考えにしか見えません。


そういった考え同士で世の中ぶつかっています。


葛藤が起きるという事は、自分の中に原因があると知る必要があります。

それを知らないまま、葛藤を無くすことは永遠にできません。

葛藤をしずめるために「どうすればよいのか」考えたことが無い人はいないと思います。

その結果が何かを得て自由になろうとしたり、お金をかぐことで幸せになろうとしたりすることに繋がっていきます。


もし、今日のブログを読んでいて、感情が起こったなら、その感情はこのブログのせいでしょうか。

そうではないという事を知るという事は、自分自身の意識の状態が「どうなっているのか」知ることに繋がります。

地震が起こるたびに大きく揺れる家は、大地震が来た時どうなるでしょうか。

家が壊れるのは地震のせいだと主張し、地震を無くそうとすることが合理的な方法でしょうか。

それと同じことを色々な場面でやろうとしている事に気付くなら、それを続けていくことができるでしょうか。


「どうなっているか」ハッキリ気づいた時の行動は変わらないでしょうか。


大地に向かって一生懸命「地震を起こすな」と怒鳴ったり、懇願している事がどのくらい滑稽に見えるでしょうか。

神様に祈る事も実は同じです。

大難が小難にと言っている事は、地震を小さくする事なのでしょうか。

地震が来ても崩れない自分自身をつくる事をサボって、地震が来ない事を祈る事はどれだけ不合理なことなのか理解できる人はそれをやめるのではないでしょうか。


私は自然の流れを変えようとすることはしません。

それが私への苦痛につながったとしても

その様にしている事で自然な流れを分かる事ができるようになります。

そうすることの方がはるかに私にとって有益だと知っています。


それは人知を超えるというようなことではありません。

分かろうとすれば分かるのです。

身の回りでさえ分かっていないのにその先を分かる事は出来ません。

部下が自分の指示を快く受けている事で起こる自然とは?

その逆で、いやいや受けている時に起こる自然な結果は?

そのようなことも多くの場合無視されています。

自分の機嫌が悪い事を部下のせいにし、自分には原因を見ない上司が沢山いるという事でもあります。


どうなっているか知っていくと

例えばどのように思考が行われているか分かるなら、思考の仕方を変えることで何百倍の思考ができるようになります。

これは差取り塾である程度進まれた方が実践しています。


思考を数百倍の速さでしてください

と言ってできる人はいますか?


ここで今、思考がどう動いているか、自分自身を知ることが大切です。

そこからすべてに繋がっていくのですから。


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2018/07/06 12:07 差取り TB(0) コメント(-)
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