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特別なことをやめると自然になります。
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差取り塾

Author:差取り塾
社会の中で地に足をつけて活きるという事を突き詰めると、思考を超えた合理性を帯びるようになります。

人間が生きる上で違和感から起こる感情どうしようもない感覚にさいなまれる人はどれほどいるでしょうか。

それが行き過ぎると、心身疲れてしまい社会から離脱することにもなります。

そういった経験なく社会生活を送る人はいないと思いますが、そこに向き合う人は多くないと思います。


何故多くないかというと、向き合うことで苦しみに陥る事がほとんどだからです。

わざわざ自分から苦しみを選ぶ人はいません。

しかし、そういった習慣が苦しみを呼んでいるのです。

こうなると思考はパラドックスに陥ります。

意識の成長が進んだ人はその向こうに何が在るかどこかで気づいているので、そこに向き合うことをためらいません。

その答えから遠い人は向き合うことに消極的であるばかりか、見ようともしません。


経験的に底に向かうと苦しみや葛藤を伴うことを知ったなら、そこに向き合うことは価値がないどころかむしろ嫌うことになるでしょう。

これは当然のことだと思います。

ですから、差取り塾を訪れる人はごく僅かです。


例えば、仕事がうまくいかない原因が自分自身にある時、そこを改善しようとする人と全くそこに目が向かない人がいます。

その原因は上に書いた事が大きく起因します。

もちろん他の原因も考えられますが、起こっていることを正面から捉えられない人はどんな事においても逃げ腰で原因を自分以外に見ようとします。


こういったブログをたくさん読んで、どこが素晴らしいか比べているなら、それは上のグループに入るわけです。

まず自分で正面から確かめてみることは大切なことですが、できない人はできないままです。

そうしているうちに時間が過ぎていきます。

知っている人は間違えだろうが合っていようが飛び込んでとことん確かめます。

ですから、間違えだと気づくのも時間はそれほどかかりません。

最初から正しいことを選択しようとしている人はその時点で間違えですが、間違えていることに気づくには多くの場合一生かけても無理なようです。

自分の意志で一歩踏み出すことは人によっては容易いものではありません。

それも、自由な選択の一つであり、経験の一つです。

一生選択しないという経験を通して、何かを得ます。


さて、常に起こっている違和感。

これに向き合うことがどれほど難しいことなのか私も沢山の人を見ているうちに分かるようになりました。

しかし、向き合わない限り、違和感から感情が起こり感情に影響されながら生きることを続けなければなりません。

違和感は理解が及んでいないというサインでしかありません。

そのサインで感情が噴き出し、摩擦を起こすことも少なくありません。

感情を抑える人にとっては葛藤を自分自身の中で創り出し、心の中では戦争状態です。

そこから抜け出すには向き合うしかないのですが、一人で抜け出すには沢山の苦労と時間を必要とします。

もし生きていることに違和感を覚えるのなら、それも向き合っていくべき事です。

それも理解とともに解決していくでしょう。


どんな違和感でも一緒です。

仕事上であっても、違和感を理解するなら結果的に仕事はうまくいく傾向にあります。

家族に対しての違和感から人間関係の違和感

こういった違和感を理解しようとすることは物事を大きく好転させる知恵が隠れています。

違和感自体知恵なのですから。

知っているから違和感が起こります。

私達はただそれをよく見ればよいのです。

よく見れば答えだからです。

それが理解できたなら、向き合わない人などいなくなるのですが、この世はそうはいかないようです。

動かない人は動かないのです。
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2018/07/19 18:00 差取り TB(0) コメント(-)
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