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特別なことをやめると自然になります。
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プロフィール

差取り塾

Author:差取り塾
社会の中で地に足をつけて活きるという事を突き詰めると、思考を超えた合理性を帯びるようになります。

こんにちは。差取り塾のSといいます。

ここに参加してから、およそ5年が経ちました。

当時は仕事が大スランプで、心理学やコーチングにもすがりましたが、もうどうしようもなくなり、こちらにたどり着きました。

当時から考えると、いまこうやって同じ仕事を続けていますし、なにかに囚われてどうしようもなくなってしまうことも少なくなりました。

でも、未だに囚われてしまうこともあります。

そんなときも一つ一つ自覚をしていくのですが、前はそのたびに発見がありました。

でも今はなにかを一生懸命探して見つけるというよりは、いま目の前に見えているものをただ見るようになってきました。

昔はわからないことをわかるようになろうと、必死に自覚に取り組みましたが、その努力そのものは理解とは全然別のものだなぁと思います。

努力とは一体なんなんでしょうね。

特に日本は、頑張ること、一生懸命やること、死ぬ気でやること、こういったことはネガティヴに捉えられることは少ないと思います。というか、窮地に陥ってそこから抜け出すには、こういった行動を選択する傾向が多いと思います。努力=美徳ですね。

そのなにかを必死にやろう、やろうとするこころを直視したことはありますか。

成長しよう、立派になろう、このブログを読むような方だったら、悟ろうという気持ちが強い方もいるかもしれません。

そのやろうやろうという私を、いま僕はみています。

でも、ここで一生懸命にやったり、努力しようとしなくなったことは、僕にとって大きなチェンジになりそうな気がしています。

努力しようというその心を直視すれば、それがどうなっているか感じられるからです。

それを抑えようとしたり、変えようとしたりすることも、ついこの間まではしていましたが、それは努力ではなく、あがいていることだったんだなぁと思います。

でも努力を否定するつもりはありません。

時間と熱量を費やしたという意味では、僕もここまで相当努力したという自負があるからです。だからこそ、ここで力を抜くことができたから。

この文章も、本当はタイトルがあって全然違うことを書こうとしていました。

でも、いざ書いてみると、全然違うことがスルスルと出てきて、10分もかからないくらいでここまで書いています。

いままで努力してだそうとしていた結果には、その結果自体に自分の考えが乗っています。自分にとって都合のいいことを、努力で作ろうとすることです。

でも、結果をあらわすのは、努力して結果をだそうとしている部分の私ではないことが最近は感じられています。このブログの文章もそうです。ひらめきのように自分のどこからか感じられるものを、感じられるままに書いています。

これからは、そういった素直なものをあらわしていく努力を重ねていきたいなぁと思っています。

ではでは。

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2018/08/07 22:27 塾生ブログ記事 TB(0) コメント(-)
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