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特別なことをやめると自然になります。
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差取り塾

Author:差取り塾
社会の中で地に足をつけて活きるという事を突き詰めると、思考を超えた合理性を帯びるようになります。

世の中をよりよくしたい。

よりよい社会にしたい。

戦争を無くしたい。

企業の不正をただしたい。

政治の不正を無くしたい。

すべての人が幸せに生きる事ができる社会をつくりたい。

・・・・・・・など・・・・・・

これらについて、葛藤を起こす方法を取ってはうまくいきませんし、そういった方法では未来永劫変わる事はありません。


しかし、それが変わる事はあります。

どう「なったら」変わるのかを考えることが大切で、「どうやったら」変えられるか考える事の前になければいけません。


これはとてもデリケートなお話で、今日書くことはとても伝わりにくいし、誤解されやすい事です。

ですからあまりブログに書くべきものではないと考えています。

なぜならこの時点で多くの人に誤解が始まっているからです。


するとここで書くことを止める選択になります。


続く

私は今まで、思考の奴隷を脱したいと「考える」人にお伝えし、思考の奴隷から抜け出すお手伝いをしてきました。

思考の奴隷を抜け出した時、誤解から解き放たれ、理解が起こりだします。

誤解も思考の奴隷であることで起こる現象です。

正しい理解とは何なのか、一人ひとりが分からないと葛藤や争いが無くなる事はありません。

一人が分かったら、その一人の中から争いや葛藤が消えます。

葛藤が消えた人が発する言葉は人々を争いから遠ざけます。

争いと争ってはいけません。

葛藤に対して葛藤してはいけません。

そこからすべてが変わっていきます。

この書き方での理解では、争いと争わないという葛藤しか生まれません。

文章で表現することが困難な事を文章で伝えつづける事には明らかな限界があります。


誰かの不正は、その不正を在るようにする考えから生まれます。

不正を起こす方程式があるのです。

その方程式は、方程式を在るようにする考えがあり・・・・・

永遠に続くような考えですが、その連鎖をどこかで断ち切ると、結果的に不正が無くなっています。


考えの奴隷は考えを追ってしまいます。

考えを追わないで考えの仕組みを分かる事ができるのなら、考えを追う事が合理的な解決方法ではないと気づきます。


誰かが不正を起こした時、不正を非難し、不正を無くそうとする時、根本的な事を見逃している事に気付けません。

しかし、多くの人間が不正に抗議し、無くそうとする行動を起こします。

そういった行動を何百年と続けて、不正はなくならないという事実がすでにあるのではないでしょか。

不正を起こす人と、それを糾弾する人

その構図は地球人類の歴史でほとんど変わっていません。

が、まだその方法を選択し続けていくのでしょうか。

選択し続けること自体が考えの奴隷であり地獄の住人の行動なのです。

なんだか難しくてかたい話になってきなしたが、それをシンプルに解決する方法(ではないのですが)があっても選ぶ人はあまりいません。

不正を糾弾する事が世の中を良くする事だ

という

教理の信者だからです。

宗教を嫌う人は沢山いますが、形のない宗教の信者で満ち溢れているのがこの世の中です。

宗教と聞くと嫌悪感が起こるのは、「宗教撲滅教」の信者だからで、宗教は悪だという教えの奴隷であることで起こる感覚です。

結局、人間は何か信じるものがないと生きていけない人が殆どです。

それは宗教団体に属さなくても宗教団体に入って、信仰している事と同じなのです。

ですから、小さな宗教戦争があちらこちらで起こります。

信じているものを汚された時、怒りや悲しみが起こるのです。

不正を見た時、教理から外れるからそれに感情が起こります。

不正をする時、教理に従って不正を行います。

それぞれの宗教上の理由があるのです。


これ以上は書けません。

しかし、おそらくという言葉をあえて使って書くなら、人類の意識の進化で宗教は消えていきます。

それが100年後か200年後かは一人ひとりの進化にかかているのです。


ここまで読んでいただいて、察していただくことができたでしょうか。

察していただいたそれはあなたの理解です。

その理解を大切にされてください。

それはあなたの中に眠っていた理解です。


今お伝えしている事が広く認知されるようになるには100年くらいはかかりそうです。

100年後のためにやっているのではなく、今わかる人が分かるようになる事が大切なように思います。

道元という方がいらっしゃいましたが、それから数百年経っても、世の中は道元の理解の足元にも及んでいません。

道元は仏教を通してそれを伝えていましたが、今の世の中は仏教という方便を使わなくても理解できる人がいらっしゃいます。

本当に道元禅師が伝えたかったことは仏教ではなく人の活きる道です。

少なくとも、今から100年後をつくるのは今の私たちなのです。

100年後の理解はどうなっているでしょうか。

私たちの努力が反映された100年後は努力の分だけ確実に変わります。
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2018/10/09 10:00 差取り TB(0) コメント(-)
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