そのまま「観る」という科学
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差取り塾

Author:差取り塾
社会の中で地に足をつけて活きるという事を突き詰めると、思考を超えた合理性を帯びるようになります。

こういった状況だからこそ、どれかを批難するという事に向き合ってみるべきです。

今の政治を見ているとわかりやすいのではないでしょうか。

どうしようもない政治家は批難の対象になりがちです。

非難の対象になりやすい人間を批難している時どのような事が起こっているでしょうか。


批難され人間が批難の内容を精査するでしょうか。

批難した人間は批難以外に何をしているでしょうか、生産的な事をしているでしょうか。


批難は生産的な行動でしょうか。


批難しても動かない人間は動きませんし、それどころか閉ざしたり、ネガティブな反応を起こしやすいものです。


そういった事を総合して論理的に考えた時、避難することはどの様な効果を生むでしょうか。


だからと言って黙ているべきというお話ではありません。

何か言わなければいけないという話でもありません。


今できる最善の事を行おうとした時、避難はそれにあたるでしょうか。


「皆さんも一緒に怒らなければいけない!」

と言っている偉い先生のお話を聞くと、なぜ一緒に怒らせようとするのか、私には合理性を感じません。

今だからこそ、今できる最善の行動をしていく。

その行動が未来をポジティブに変えていきますし、その選択の瞬間から、好転が起こっているのです。

未来は今に在ります。

というのは人間の考え方ですが、未来は在ります。

在るのだから、それをみる事も変える事も出来るのです。


批判している時、そこから遠いところにいるのではないでしょうか。


大切な事の一つ、

(批難することで)未来を誰かに変えさせようとするのではなく、自分で変えられることから変えていく。

それも情報リテラシーを通して得られる合理的な理解です。

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