特別なことをやめると自然になります。
カレンダー
03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -
新着記事
応援クリックお願いします!
プロフィール

差取り塾

Author:差取り塾
悟りの目線から明人が色々伝えさせて頂きます。
自由について、愛について書いています。

私たちは人生の中で芯と言えるものを個人個人で作っていきます。

その芯は経験や想念によって強化されていきます。

良い悪いは抜きにして、創られた芯に皮、枝葉がついて、感情の出所になったり、行動の源になっていきます。
この芯について、もし間違えていると確信した場合でも、その芯はなかなか頑固なものであり、外そうにも外せない事は多くの人について言えると思います。

しかし、本気であらためようとした場合、私の場合は相当な心の苦しみを伴いましたが、なんとか外すことができました^^
芯は強化されればされるほど外す時に大きな苦しみを伴います。

今ではなんでそんなことで苦しむ必要があったのかと思うくらいすっきりしていますが、外す時は相当な苦しみだったことはしっかり記憶しています。

もし、その芯の気持ちを表すなら、降参という言葉が一番合っているのかなと考えます。

とことん追い詰められて、降参せざるを得ない状況だったわけです。

今となってはその追い詰められた状況についても私は素直に感謝できるようになりましたし、そのことがあったからこそ今の自分があることを素直に喜ぶことができるようになりました。

人間の芯というのは、良いも悪いも自分自身で作っていくものです。そして、それがろくでもないとわかったら本人の意思で変えること、もしくは外すことができます。

その芯が良いか悪いか判断するのは自身なのですが、普段の思い・行いが重要で、段階的な気付きが重なって、繋がっていかないと正しい判断には結びつきません。(今の私が正しい芯をもっているとは決して言いませんよ^^)

うちのトイレにはっていある心の小径で「日々の挑戦こそ未知に続く道である。」と書いてあり、4歳の子供と一緒に読んでいますが、これが重要なポイントの一つだと私は思っています。

かつて、私は正しい判断が常にできるようになるのはどうしたらいいのかと悩んできましたが、その一つの答えとしてしっかりとした芯(判断材料)を持つことだという結論に達しました。

そこからが問題で、どうやったらしっかりとした芯ができるか?

これがブログの趣旨でもある「よく生きる」に繋がっているのです^^

良く生きるとはすなわち「弥栄に誠を尽くす」という結論になったのですが、そこからも大きな悩みや苦しみはちょこちょこありました。

しかし、今となってみれば悩みや苦しみも私の成長材料だとわかったのでした^^

いままで、沢山の経験をしてきて、一番パワフルに作用する想念・行動は上記「弥栄に誠を尽くす」ということだと今では確信するに至りましたが、小手先だけでやっていた頃の私は結構痛い目も見ました^^;;本気でやればやるほど大きな痛みとなって返ってきました^^;;;;;;

人のために頑張ろうとすることは一見素晴らしいく見えますが、実は芯の部分でしっかりとしていないと小手先の考えとなり、痛い目を見るようで、最終的に「正直者は馬鹿を見る」状態に陥ることも珍しくありません。

すべての条件がそろった時、「正直者は最高の幸せを得る」ことになります。

では~(^O^)/
2012/03/25 22:36 生き方 TB(0) コメント(0)
敵を心から受け入れた瞬間、敵はあなたの手のひらの上に載る。

の事で、もう少し・・・

あくまでも相手に勝つ手段ではありませんし、手段として考えるなら、ともに栄える事を目的としてください。
どちらかというと降参することなので表面的には完全敗北に見えるかもしれませんね^^

ですから表面にこだわる人には少し道のりが険しく長いのかもしれません。

相手に勝つためにこれを実践しようとするといつまでたっても相手を受け入れることができませんし、違う方向に行ってしまうでしょう。
勝ち負けにこだわること自体が、恐れからくるフォースな力であることを認識してください。
ともに栄える(弥栄)という力はパワーと言えます。

世の中に起こっている争い事はほぼフォースで動いていますので、恐れが根底に隠されています。

恐れを抱きながら人生を送るか、弥栄のパワーで人生を送るかはあなた次第、あなたが選択できるのです^^

あくまでタイトルはツイッター上で、よこしまな考えの人でも目を引くようなタイトルに敢えてしてみました^^;;

では~(^O^)/

↓↓↓↓↓よく負けるが勝ちと言いますが、本当です^^
2012/03/24 20:04 生き方 TB(4) コメント(0)
先日の記事

敵を心から受け入れた瞬間、敵はあなたの手のひらの上に載る

の続きになります。

本当の意味で受け入れることについて、それを理解し、心にしみる(腑に落ちる)までにはなかなか難しいことのように思いますし、実際私は気付くまではかなり回り道をしました。

難しく書こうとすればかなり難しくなってしまうような気もしますが、簡単に書くと以下のようなイメージでしょうか・・・

相手と自分を区別しないこと

相手を自分として向かえ入れることだと私は思っています。

するとどんなことでも、受け入れやすくなっていくようです。

あくまでイメージですので、そのまま文章通りに受け取らないでくださいね^^

その中にはあなた自身の責任感・包容力(弥栄のこころ)などが、内包されています。それをイメージで簡単に言うと上のようなものになります。

責任を持って子育てしている親なら特にイメージしやすいのではないでしょうか?
また、普段から責任転嫁と無縁な人も理解しやすいと感じます。

上記と逆な人は少し時間かかりそうです^^;;;

あなたが本当の幸せをつかみたいなら、あなた自身が心を磨くしかありません。

他に依存した幸せは本当の意味で幸せではないのです。

では~(^O^)/
2012/03/23 12:48 生き方 TB(3) コメント(0)
敵、もしくは嫌いな人を心から受け入れることについてその境地を何となくですが文章にまとめてみたいと思いました。

まず、すべて受け入れることで、想定されるすべての可能性をも受け入れるという事になります。
その時点で腹も据わり、相手の行動はその想定の中で行われるわけです。

すると相手の行動によって自分自身の気持ちが左右されることもなくなります。

また、言い方は少し悪い気もしますが、その時点で相手は掌の上で右往左往しているように見えるでしょう。

私に浮かんだイメージでは孫悟空とお釈迦様のイメージです。

相手の事をすべて受け入れた心とは、すでにとてつもなく大きな心と言えると思います。その心で相手がどんなに走り回ろうが、暴れようが、包み込んでしまう。すべて想定されていることと同義であると考えられます。(心は本当にすべて知っているのかも^^)

これが孫悟空とお釈迦様の話の真髄なのだと思いました。

これは実際のことにも言えるということがわかったとき、どんなに楽になれることでしょう!(^^)v

注意事項ですが、相手を受け入れることがあまりにも苦しいと感じるならば、それは中断してくださいね。
その感情はあなたにとってまだその時期では無いことを教えてくれています。
無理は禁物で逆に苦しむ結果を招く事もありますので、気をつけてください。
ちなみに私はそれらができるようになるとき、大きな苦しみを伴いましたが、1日位で腑に落ち、落ち着きました^^

では~(^_^)ノ
2012/03/22 06:45 生き方 TB(1) コメント(0)
この記事を閲覧するにはパスワードが必要です
パスワード入力
2012/03/18 09:33 生き方 TB(-) コメント(-)
差取り塾のお知らせ
差取り塾へのお問い合わせはHPからお願いします。
検索フォーム
ブロとも申請フォーム