特別なことをやめると自然になります。
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差取り塾

Author:差取り塾
悟りの目線から明人が色々伝えさせて頂きます。
自由について、愛について書いています。

目を開いてみればすべてわかる

なのに、なぜ目を開いた後の勉強をしなければならないのか。

そして、目を開くための勉強は必要なのだろうか?

目を開くための勉強をしているようで、喜んでいるのはマインドにすぎない事が殆どのように思います。

達成感はマインドが感じるもの。

充実感もマインド

閉塞感

停滞感

すべてマインドです。

マインドを満足させることを一生懸命してはいけません。

マインドが喜べば喜ぶほど、夢の世界にフォーカスが起こります。

夢から目覚めるためにはどうしたらよいでしょうか。

誰でも知っています。

目を開けばよいのです。
2017/10/23 10:00 悟り TB(0) コメント(-)
目を閉じている人に進んだ先に段差があるといっても、それを見ることはできません。

閉じている人は信じるか信じないかという判断をすることになるでしょう。

いつも正しいことを言う人だから信じよう。好きな人だから信じよう。

嫌いだから信じない。

そんな風に考えます。

今回の選挙も同じです。

目を閉じた人は考えでいっぱいになります。

信じるか信じないか?

何を材料に信じるか。信じないか?

沢山思考が働きます。


思考が働いている間も、物事は進みます。歩みは進んでいくのです。

刻一刻と進んでいきます。

その先に段差があるかどうかは、信じるか信じないか・・・・あったとしても落ちるまでは信じるか信じないかが議論され続けます。

そういった議論が重要視されていますが、私にはそうは感じません。


目を開いたならそんな議論は全く必要ないからです。

そんな当たり前の事が分からない世の中なのですが、この簡単さが伝わるでしょうか。

政治も目を開いてみるならどうなっていくのかは明らかに分かります。


先ほど段差と書きましたが、段差は奈落との段差なのかもしれません。

目を閉じているからこそ、それも怖いような怖くない様なはっきりしない状態でいられます。


さて、世の中が大きく悪い方に傾くという事は段差から落ちるようなものです。

目を閉じた人は段差から落ちるまで、気づくことは無いのです。

これは決してネガティブなことではなく、気づく機会と考えるのならポジティブとも取れます。

政治に依存しない生き方をしている人は何も困りません。

依存している人は影響を大きく受けるでしょう。

準備とは備えることではなく、自由でいることです。
2017/10/22 16:32 悟り TB(0) コメント(-)
選挙で色々な情報が飛び交っていますが、私が思うにこの選挙で国が良くなることはあり得ません。

むしろ悪くなるための選挙であるように思います。

本当に国を良くしようとするなら政治に期待することを見直してみる必要があると思うのです。

同じような心持ちのまま何かを改善しようとしても、同じような結果をまねくという事を知らなければなりません。

いくら良い考えを主張しようがそれが実行されて行かないのはそういった事です。

政治を批判しようが、主張しようが今の世の中が大きく変わことはありません。

政治や国をつくっているのは理念やルールではないからです。

それに一人ひとりが気づくまで政治は国民を真綿で首を絞め続けるでしょう。

そろそろ、真綿で絞められていても苦しいと感じる人が増えてきたようにも思います。

そこで政治を批判するだけなら、何も変わりません。

一瞬良くなったように感じていても手を変え品を変えだれかの都合が通されていくだけです。

意見によって変わったと感じるのはつかの間の改善でしかない事を主張に明け暮れているなら気づくことはできません。

人間が都合で生き続ける限りは大きくは変わりません。

殆どの役人はほぼ都合の塊です。

自分を守るために必死に生きています。

そのような観点で仕事をしているという事を理解する必要があります。

ですから国民の非難を避けながら都合を通そうとします。

これは批判ではなく、それを理解したうえでどう生きるかが大切だということです。

そういった人たちに頼って生きる事を選択しているうちは何も変わりません。



政治に対して批判や主張を繰り返すという事は、政治に影響されて生きる事を選択しているのかもしれません。

政治に無関心でいるというお話でもありません。

関心を持つことは悪くありません。

それを通して、何を学ぶかが大切です。

何千年も政治が世の中をつくって来たようにも見えますがそうではありません。

どの様な政治が行われているかよりももっと重要なことがあるのです。

それに気づく過程で政治に関心を持つことも必要かもしれません。

一生懸命主張する時期も必要かもしれません。

しかしもっと大切なことがあり、それに気づいた人が増えた分だけ世の中は良くなっていくように思います。

色々なことに関心をもって生きるだけではいけません。

なぜそうなるのか根本の理解が欠如しているなら、なにもかわらないのです。

ブログではこのくらいの事しか書けませんが理解てくださる方は行動に移してみてください。

都合に生きる人間を変えることは至難の業です。

2017/10/19 06:54 悟り TB(0) コメント(-)
悟った話を聞きたいですか?

悟る為の話を聞きたいですか?

悟るまでの話。

悟ってからの話。

聞くタイミングがあります。
2017/10/08 18:46 明人の独り言 TB(0) コメント(-)
人を救うことができるのは神のみ

その様な宗教があるとしたら、それは正しいと言えるでしょう。

人の心では人を救うことはできないからです。

人が人を救おうとする時、計算が入ります。

100%良心で救ってもです。

※誰かが命の危険にあっている時は救ってください。そこに計算の余地はありません。

そういった難しい事は置いておきましょう。


大切なことは人を救う生き方ではななく、人が救われる生き方

人を救おうとした時、方法によって行います。

その方法は人が考える方法です。


人が救われる時、方法は介在しません。

方法が介在しない時、神が垣間見え始めます。

その神に触れた時、人は救われます。

人の行いの中に神を見る時、それは人が輝きを放つときです。

そうした瞬間は、人の営みで度々起こっています。

起こそうとしないで起こしてる時、輝きが放たれます。

人の意識がそこに介在しない・・・


人の意識が介在しないそれを神と呼びます。

大切なことは、神を表わそうとすることではありません。

そして、人を救おうとすることでもありません。


人が救われる生き方とは、自分自身の輝きを放つ生き方です。

そういった人が増えたら、人類はますます変わっていくでしょう。


神とは便宜上の神。

「それ」を神と言います。

そこに意志や意図はありません。

普段から人はそれに触れていますし、知っているはずなのです。

それを明らかに知った人が目覚めた人と言われています。

何事にも真摯に取り組む姿勢の中に神は顕れます。

2017/10/02 23:53 悟り TB(0) コメント(-)
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